蒲生山 大聖院 泉瀧寺(がもうざん だいしょういん りゅうせんじ)
「千葉縣君津郡誌」、「君津市史」には『泉瀧寺』と記載されていますが、お寺の扁額や札所の板には『泉滝寺』、『泉龍寺』と記載されており、他に『泉竜寺』として紹介されており、正式な名称は分かりません。
泉瀧寺概要
【山号】蒲生山(がもうざん)
【院号】大聖院(だいしょういん)
【寺号】泉瀧寺(りゅうせんじ)
【宗派】真言宗智山派(岩田寺末)
【本尊】不動明王
【御朱印】不明
【由緒・沿革】参考文献:千葉縣君津郡誌
「千葉縣君津郡誌」に、寺伝によると江戸時代中期の正徳五年(1715年)十二月八日開基なりと云えど本寺は明治二十二年(1889年)十一月十四日火災により記録書類を焼失とあります。
しかし、同書の「亀山神社」の欄には、亀山神社は当初「釜生山泉流寺大聖院」と号し、明治維新の神仏分離令により、不動の像を神社の敷地に移し社殿を造営して現在の寺となったとあります。
境内案内
本堂右に庫裏が建てられています。境内には大型の宝篋印塔の他に手水石、地蔵などが設置されています。
入口
境内の入口または出口に祀られている地蔵
境内の地蔵。3体のうち1体は首無し地蔵です。
宝篋印塔(ほうきょういんとう)
高さ3m近くある宝篋印塔(供養塔)。昭和五十六年(1981年)七月二十八日、補修工事により復元されたものです。
境内に石碑や手水石がありますが、いづれも年代不明。
本堂
再建や修復年代は不明。本堂右の庫裏は現在も使用されているようです。
天井画
本堂の向拝裏には天井画が描かれています。絵というよりは家紋のように見えます。
~右衛門、~兵衛などの文字が見られます。
西国第三十三番
『西國第三十三番美濃國谷汲山華厳寺 移上総蒲生山泉龍寺十一面観音』
巡礼に詳しい方ならこの札を見て不思議に思うはずです。
なぜなら、『西国三十三所観音霊場』は大阪・京都を中心とした関西方面の霊場だからです。
また、谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)は、岐阜県揖斐郡の寺院であり、西国三十三所観音霊場の第三十三番札所に指定されています。
どうして関西の西国三十三所観音霊場の案内がここにあるのか?
そういえば、富津市の「岩谷観音堂」でも西国三十三所観音霊場の案内を見た記憶があります。
インターネットや書籍で上総地方の巡礼というと新上総国三十三観音霊場のことばかりで、西国三十三所観音霊場のことは見つけられません。
これは推測に過ぎませんが、日本で歴史があり人気がある西国三十三所観音霊場巡りを上総地方で巡礼できるようにしたのかも知れません。
詳細情報
名称
住所
定休日
駐車場
アクセス
・館山自動車道路「君津IC」より約25km 車で約32分