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諏訪神社【君津市大井戸】

大井戸諏訪神社の大鳥居

大井戸諏訪神社(すわじんじゃ)

 
君津市大井戸の諏訪神社は大井戸村(明治22年12村が合併して小糸村となる)の旧村社です。隣の神宮寺は真言宗智山派の寺院で当神社の別当寺です。
 

諏訪神社概要

 
当神社について「君津市史 通史編」等の書籍で調べましたが、祭神のみしか記載がないため、境内の案内板の内容を転記します。
 
【社格】大井戸村旧村社
【祭神】建御名方命(たけみなかたのみこと)
【祭礼・年中行事】
・元旦祭 1月1日
・節分祭・どんど焼き 2月3日
・新年際 2月11日
・夜宮  7月最終土曜日
・例大祭 7月最終日曜日
・新嘗祭 12月23日
【御朱印】不明
【由緒・沿革】(神社の案内板より抜粋)
社伝によると、南北朝時代の歴応(りゃくおう)四年(1341年)上総国周准(しゅす)庄秋元郷小糸作領主源朝臣盛澄が創建したとされています。

 


 

境内案内

 
参道入口に朱塗りの大きな鳥居があり、手前から以下の様になっています。

  1. 1.一の鳥居
  2. 2.二の鳥居
  3. 3.石段
  4. 4.狛犬
  5. 5.手水石(参道右側)
  6. 6.石灯籠(常夜灯)
  7. 7.小社(拝殿右側)
  8. 8.拝殿/本殿
  9. 9.祭りの屋台小屋

 

一の鳥居

 
千葉県道92号線(君津鴨川線)沿いには朱塗りの大きな鳥居が建っています。高さは目視で8m位、房総南部でこの大きさの鳥居は珍しいです。
形状はシンプルな神明鳥居、元は「諏訪官」という額束があったのですが、現在は破損して無くなってしまいました。
 
 

二の鳥居

 
境内には鳥居が二基あります。一の鳥居は県道92号線沿いにある大きな鳥居。二の鳥居は境内入口にあります。形状は一の鳥居の神明鳥居とは違い靖国鳥居です。両方の鳥居は形が似ていますが、神明鳥居は笠木(一番上の地面と平行な柱)、貫(笠木の下の柱)、柱がすべて円形なのに対し、靖国鳥居は貫が角型です。
 
年代は不明。柱に文字は刻まれていますが、まったく読取ることができません。
二の鳥居
 
【文化財】「毘沙門天懸仏(びしゃもんてんかけぼとけ) 三面」
君津市指定有形文化財 平成十九年三月二十九日指定
久留里城址資料館に保管
 
懸仏は、神道で御正躰(みしょうたい)といわれ、円形の銅板に神仏の立体像を付け、吊り下げて信仰の対象としたもので、鎌倉時代から室町時代にかけて多く見られる。当神社伝来の懸仏が三面あり、大きさは21cm前後の円板で、銅製である。
 
<懸仏一>
中央に毘沙門天像、両脇に吉祥天像・善膩師童子(ぜんにしどうじぞう)の三尊を配する形式である。銘文「暦應二十二年十月三日 大願主 源盛澄月米氏女」
 
<懸仏二>
中央に毘沙門天像。銘文「敬白 康永三年十一月三日 上総国周東(すとう)郡秋元郷住人 大槻宮禰宜大夫 源盛澄 春木氏女」
 
<懸仏三>
中央に毘沙門天像。銘文「旦那□(守力)吉 秋元大□大明 神御躰 □□□氏 大□道□」
 
銘文には暦應二十二年(暦応四年(1341年))、康永三年(1344年)の年号や、地名、懸仏を造像・奉納したとされる男女の名前が記されており、当時の小糸川流域の在地の有力者層や地名の変遷を知ることができるとともに、鎌倉時代から南北朝時代初期の作例としては古例であり、大変貴重である。
平成十九年三月
君津市教育委員会
大井戸諏訪神社の文化財
 

狛犬

 
年代は辛うじて読み取れます。奉納は江戸時代後期の安政五年(1858年)です。
狛犬(左)狛犬(右)

 

境内

 
境内全景
 

手水石

 
狛犬右奥の小さな手水石。年代はまったく読み取れません。
手水石
 

常夜灯

 
拝殿前の一対の常夜灯。高さは3mほど。年代は読み取れません。
常夜灯(左)常夜灯(右)

 

拝殿

 
創建等は不明。向拝の彫り物はなく、後ろに本殿が鎮座。
拝殿
 

本殿

 
本殿の屋根は「流造(ながれづくり)」の様に見えます。
 
拝殿と本殿
 
本殿の屋根
 

征清記念碑

 
征清記念碑
 

拝殿右の社

 
拝殿右側にある小さな社の中には、石祠一基と木製の社が二社祀ってあります。神社名を書いた木片が六枚あり読み取れるのは「天王様」、「八坂神社」、「お稲荷様」の三枚。合祀した神社だと思われますが、記録が見つからないので想像でしかありません。
拝殿右の社合祀した神社

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