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菅原神社/佐野大炊助供養塔【君津市旅名】

菅原神社の全景

菅原神社(すがわらじんじゃ)

 
君津市旅名の「菅原神社」は学問の神様、菅原道真公を祀る神社です。神社は国道410号線沿い、フルーツ村直売所の向かい側。小高い丘の上に鎮座します。また、同じ敷地内の旅名集落センターの横には「佐野大炊助供養塔」があります。
 

菅原神社概要

 
【旧社格】無格社
【祭神】菅原道真(すがわらのみちざね)
【ご利益】受験合格、五穀豊穣
【御朱印】不明
【祭礼】9月の最終日曜または10月の第1日曜
 君津市宿原三島神社の祭礼
 宿原・奥米・豊英・旅名の4地区による合同祭礼で奉納される「三島の棒術と羯鼓舞」は千葉県指定無形民族文化財です。
【由緒・沿革】
書籍等が見つからないため調査中。君津市史によると別当寺は「光明寺」とありますが、現在は廃寺となっています。
 

境内案内

 
参道入口に建つ鳥居は創建不明。形状は両部鳥居です。鳥居の下には小さな手水石がありますが、年代等は風化して読み取ることができません。
 
手水石
 
鳥居の先の参道は石段となっています。この石段は幅が狭く滑りやすいので注意して上ってください。
参道の石段
 

拝殿

 
石段の上に建つ拝殿。向拝に彫り物はなく、注連縄と本坪鈴(ほんつぼすず)があります。
拝殿(正面)
 
拝殿と本殿は一体となっています。
拝殿(右横)
 


 

佐野大炊助(さのおおいのすけ)供養塔

 
旅名集落センターの横には佐野大炊助供養塔が建っています。
旅名集落センター
 

案内板より

 
史跡 佐野大炊助供養塔
1.「嶋子姫」は持ち前の美貌と血筋の良さから、天下人「豊臣秀吉」に寵愛されその後、没落した足利家を見事に再興させました。姫は三舟山合戦の翌年(1568年)君津市旅名(旧清和・三嶋村)に生まれ、この地をこよなく愛し育ちました。両親は、父方「足利頼淳」、母型「佐野大炊助」(足利氏家臣)の娘と言われております。
 
2.この墓地の裏側に三基の碑が並び、その中央に佐野家27代当主三嶋村村長であった「佐野豊吉」が、後世に伝承するため建立しました。佐野家先祖供養塔(側面に佐野大炊助の文字彫り)があります。
 
令和元年五月吉日
房総半島活性化を願う清和源氏再興の会
 
大炊助は大炊寮(律令制度において宮内庁に属する役所)の職員です。大炊頭、大炊助、大炊大允・・・のように階級があり、大炊助は次官です。
 

嶋子姫(月桂院)

 
永禄11年(1568年)~ 明暦元年6月17日(1655年7月20日)享年88
父は足利頼純、母は佐野政綱の次女として生まれる。天正16年(1588年)に喜連川城主、塩谷惟久の正室となります。
天正18年(1590年)8月、豊臣秀吉が奥州仕置に来ると、塩谷惟久は妻を置いて城を退去してしまいました。置き去りにされた嶋子姫は9月に宇都宮で出向き、豊臣秀吉の側室となります(秀吉の側室たちの中では最も高い家柄)。
佐野大炊助の供養塔

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