三嶋神社(南房総市白子)

2015年05月10日

三嶋神社(ミシマジンジャ)

【旧社格】村社
【祭神】
 大山祗神(オオヤマツミノカミ)
 伊邪那岐命(イザナギノミコト)
 須佐之男命(スサノオノミコト)
 大国主命(オオクニヌシノミコト)
 事代主命(コトシロヌシノミコト)
【祭礼】
 10月第2土曜日
丸山・白子地区の祭礼
安馬谷区(根方区)、古川区、新田区、白子区の合同祭礼
【ご朱印】なし
【文化財】

三嶋神社神輿彫刻
(南房総市有形文化財 昭和53年6月1日)
神輿は明治30年代に造られたもので彫刻は安房の名工「初代後藤義光」作。

【由緒・沿革】

三嶋神社の縁起については「三嶋神社縁起書」と「和田町海発子安神社縁起書」の2つの記録が残されています。
<三嶋神社所蔵の縁起書>
平安時代の長保三年(1001年)七月、海中より御神体が出現し、深夜になるとしばしば青白い光が海原に連なって見えたので、村人たちはこの光を御神体として社殿を造営して鎮守とした。
<和田町海発子安神社縁起書>
鎌倉時代の承久二年(1220年)九月十五日、忽然として海水が沸き立ち、風雨が吹き荒れ村人たちは恐れおののいていた。しばらくすると波が静まり小舟が海辺に漂い、中からキラキラと輝く光を発していた。
舟の中には高さ二尺余りの清らかな三体の御神像があり、岩糸村の貴船神社、海発村の子安神社、もう一体を当社に祀った。
貴船神社(南房総市岩糸)
子安神社(南房総市和田町)
 
南北朝時代の応安三年(1370年)六月社殿を再建
江戸時代後期の嘉永元年(1848年)十一月社殿を再建
大正十二年(1923年)関東大震災により社殿倒壊
昭和三年(1928年)社殿再建

(参考文献:丸山町史)
境内は広く3つの神社があります。右から稲荷神社、三嶋神社、神輿倉があり、左奥は浅間神社です。
三嶋神社の境内
境内中央の三嶋神社の拝殿
三嶋神社の拝殿
三嶋神社拝殿向拝の龍の彫刻
拝殿向拝の龍の彫刻
三嶋神社拝殿の右側には稲荷神社があります。
本殿右の稲荷神社
この建物は神輿倉と思われます。
神輿倉
三嶋神社の本殿左側には、お稲荷様があります。
この稲荷社については次のような口碑があります。(和田町史より要約)
平安時代の仁和二年(886年)二月、郷内の森に白い老狐が出現した。後に里人たちは社殿を造営して御霊を祀り、この付近を於玉森と呼び、村名を白狐村と改称した。その後於玉森は水害により欠壊したため、この社を三嶋神社内に遷した。
 
※地元ではこの稲荷明神を千倉町の高家神社本社であるという口碑があり、当社の別当寺であった千倉町白子の金剛院にこれに関する文章が残されているという。
本殿左のお稲荷さん
境内には大きな銀杏の御神木があります。
大銀杏の御神木
三嶋神社の本殿左側には小高い丘があり、上には浅間神社が鎮座しています。
本殿左の浅間神社
浅間神社
手水舎
手水舎
狛犬
狛犬
 
【住所】千葉県南房総市白子2137
【駐車場】あり
 
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詳細情報

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