
安房大杉神社(あわおおすぎじんじゃ)
南房総市峰の「安房大杉神社」は、かつての峰村の村社です。深い森の中に鎮座し、鳥居と社殿の形が珍しい神社です。
概要
(参考文献:丸山町史)
【旧社格】峰村の村社
【祭神】
伊邪那岐命と伊邪那美命の子、山の神
【祭礼】
【御朱印】なし
【由緒・沿革】
詳細は不明ですが、江戸時代中期の宝永二年(1705年)の創立と伝えられています。
大正十二年(1923年)の関東大震災で社殿が倒壊し大正十五年二月四日に落成しました。
丸山町史の写真と現在の写真を見ると、社殿の形は一致していて、大正時代から建て替えられていない可能性があります。
境内案内
多くの神社巡りをしてきた中で、一番見つけるのに時間がかかった神社です。周囲は森と崖が多く、場所は分かるのに入口が分かりません。
白子地区の方に何人か聞いてみましたが、「山の上に神社があるのは知ってるけど、行ったことはない」という話ばかりです。
周囲を何周もして、ようやく入口を見つけました。付近に目立つものはなく、ナビでも辿り着けません。民家のように見える細い道が入口です。(下の写真)
文章で伝えることが難しいので、ページ下部のGoogleマップの赤い点を目指してください。
駐車場はありません。入口の道路は途中で通行止めとなっていて墓地の横に車を停めます。

しばらくは上り坂で、周囲は木に覆われています。途中に案内などはないので少し不安になりますが、この先に社殿があると信じて進みます。

珍しい形状の鳥居
車を停めてから5分ほどで鳥居が見えてきました。
鳥居の年代は不明ですが、拝殿や手水石と比べて新しいように見えます。
笠木(一番上の水平の柱)、貫(笠木の下の水平の柱)、垂直の柱が円形の神明鳥居だと思っていました。
ところが、家に帰って写真をよく確認してみると、大変珍しいどころか、初めて見る形状であることが分かりました。
直線だと思っていた笠木の両端が上に反り上がっています。さらに笠木の切り口が垂直ではなく内側に向かって斜めに切られています。
色々な鳥居のサイトを調べてみましたが、この形状は見つけられませんでした。

手水石
石段の上の両側に小さな手水石が置いてあります。左の手水石の年代は読み取れません。
右の手水石は江戸時代中期の享保十六年(1731年)十二月。
石段の上の境内に社殿が鎮座しています。社殿の周りに狛犬や石宮は確認できません。

拝殿
丸山町史に掲載されていた写真と同じものです。途中で改修されている可能性はありますが、大正十五年に建築されたもののように見えます。
この形はお寺に多く見られるもので、神社としては初めて見る形です。屋根の一番上の棟に菊の御紋が見えます。
この屋根の形は、ここから2kmほど離れた福性院の不動堂と同じもので、棟に菊の御紋が見えます。
また、福性院には南房総市文化財に指定されている初代後藤義光の彫刻が残されており、福性院は安房大杉神社との関わりがあったのかもしれません。

向拝の彫刻
拝殿の向拝の正面に龍、両脇に獅子と波の彫刻が施されています。立体感が際立っているので裏側を確認してみましたが、彫工師の名前は彫られていません。
この彫刻についてはネットでは見つけることはできませんでした。波の伊八かと思って「名工波の伊八、そして北斎」の本を調べてみましたが、載っていません。
半分あきらめながら、後藤義光の作品集「南総の彫工 初代後藤義光 Ⅱ寺社・個人蔵」を調べてみると見つけることができました。
本によると、この彫刻は後藤義光のもので推定明治十年代とあります。また、福性院の彫刻は明治九年、義光62歳のものであり同時期に制作されたようで、龍や獅子の彫刻も作風が酷似しています。

手肘木(ひじき)の波の彫刻です。
拝殿と本殿は一体となっています。
拝殿右側に峰青年館があります。緊急避難場所に指定されていて、海抜53.7mとあります。







