西春法師の入定塚【南房総市指定文化財】

2020年06月15日

西春法師の入定塚

 
南房総市白浜町滝口の西横渚集会所横には、南房総市文化財(記史)(昭和50年4月25日)に指定されている「西春法師の入定塚」があります。
この入定塚の信仰は厚く、花や供物がたくさん供えられています。
 
毎年4月15日は「入定まつり」が開催される日なのです。私はこれを知っていた訳ではなく、たまたま白浜に来たときに西春法師の入定塚をついでに撮影しようと立ち寄ったところ偶然にも「入定まつり」の日と重なったのです。もしかしたら西春法師に呼び寄せられたのかも知れません。
西横渚集会所
 

西春法師の入定塚の案内板

 
西春法師は、白浜町原田に生る。本名武田長治十六歳の時漁夫となり空中を飛び或いは海上を歩くなど不思議な術を持っていた。後仏門に入り諸国行脚高野山奥州等にて修行二十九歳で帰国三十一歳寛文七年(1667年)三月十八日に不食行三百日を終え土中の石室に入り入定の行に入った。
 
「土中より鉦の音が聞こえなくなったら三年後掘り起こし堂内に安置してほしい」と言い残したが、村人は恐れて手を触れることなく厚い信仰に守られ今日に至っている。
昭和五十七年一月三十日
南房総市教育委員会
 
案内の「空中を飛び或いは海上を歩くなど不思議な術を持っていた」や「不食行三百日」などは現在では考えられないことですが、昔からの言い伝えには「役小角(えんのぎょうじゃ)が空中を歩いた」や「弘法大師が杖で地面を刺すと水が湧き出た」などの話が安房地方各地でも多く残っています。
西春法師の入定塚の案内
 
人間は何も食べないでどのくらい生きていられるのでしょうか?
ギネス記録では、体重214キロのイギリス人が飲み物とビタミン剤だけで382日間生きたという記録があります。飲まず食わずだと長くて10日くらいと言われています。入定が行われた時代には、体重200キロなんて考えられず、ビタミン剤なども無いので「不食行三百日」はありえない話だと思います。
 
西春法師は「私が入定した後は魂が天に昇り布良の海上に輝く星になるだろう。この星が輝く日は海上が時化るので漁に出ないように」と言い残して入定したと伝えられ、この地域では布良星を入定皇または西春星と呼ぶそうです。
 
入定(にゅうじょう)とはウィキペディアによると、真言宗に伝わる伝説的信仰で弘法大師空海が永遠の瞑想に入っているという信仰を指す。また、断食・生き埋めなど苦行の果てに絶命してそのままミイラ化する、いわゆる「即身仏」となる行為も「入定」と呼ばれるようになったとあり、これについて調べていると訳が分からなくなってくるので割愛します。
 
毎日新聞の記事によると山形の日本一といえば「即身仏」8体とあります。
しかし、安房地方では入定塚が9ヶ所も残されており、山形県より安房地方の方が多いのです。ちなみに、その9ヶ所とは以下の通りです。
■西春法師入定塚 南房総市白浜町滝口7279-2
 寛文七年(1667年)
■真応入定窟 南房総市谷向
 享保八年(1723年)
向西坊入定窟 南房総市和田町花園
 享保十六年(1731年)
■延命寺入定窟 南房総市本織2014-1
 明和二年(1765年)
■慈眼法師入定窟 鴨川市岡波太
 安永七年(1778年)
■増間入定窟 南房総市増間大日山
 文化年間(1804年~1817年)
実浄法師入定塚 南房総市白浜町
 安政四年(1857年)
遠山寿法恭主入定塚 南房総市丸山町川谷 犬切観音堂
 天明五年(1785年) 
日鑑上人入定窟 南房総市加茂 日運寺
 文化五年(1808年)
 
西春法師の入定塚(正面)
 
西春法師の入定塚(正面アップ)
 
塔婆には「奉備為入定西春法師佛果増進也」と書かれています。
西春法師の入定塚(裏側)

詳細情報

名称

西春法師入定塚

住所

〒295-0103 千葉県南房総市白浜町滝口7279-2

駐車場

あり

アクセス

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