
立岩観音(たていわかんのん)
概要
鴨川市打墨(うつつみ)の「立岩観音」は、長狭三十三観音霊場の第一番に指定されている観音堂です。
立岩観音は断崖絶壁の岩穴に建つ特徴的な姿となっていて、南房総地域内で同様の寺院や神社は、私が知る限り以下の通りです。
館山市船形崖観音(大福寺)
君津市正木八雲神社
立岩観音について「鴨川市史」、「西条のあゆみ」など、いくつかの書籍を調べてみましたが、記載はなく宗派、創建等は調査中です。
【宗派】調査中
【本尊】聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)
【由緒・沿革】調査中
境内案内
境内は通称「鴨川富士」の北側の中腹です。「鴨川富士」は標高208mの低山。正式名称を「鹿野岡山」といい、長狭方面から見ると富士山のように見えることから「鴨川富士」の名で親しまれています。
参道入口は打墨神社から粟斗方面へ抜ける街道のトンネルの手前右側です。
下の写真のように車が入れる広さはありますが、縁石があり車は入れません。駐車場はないので、車は打墨神社に停め徒歩約10分で参道入口です。

トンネル脇の坂道を右に上がり30mほど進むと右側に細い道が見えてきます。なお、ここは鴨川富士登山道の打墨口となっています。
【右側の細い道】

上の写真から観音堂入口まで、ゆっくり歩いても5分以内(約200m)で坂道も緩やかです。

ここから観音堂までは急で長い石段となっています。

石段は苔が生え落ち葉が堆積しています。また、踏み代が狭く風化も進んでいるので大変危険。足を滑らせたら下まで転落してしまうので四つん這いになって上がって行きました。
右の坐像は首の部分が折れています。
右が「文政十一子年」、中央が「?真壽譛款量信」 左が「七月十一日」とあります。文政十一年(1828年)なので江戸時代後期です。
最後に信の文字がはっきり見えるので戒名なのかもしれません。
左側の立像は風化して年代は読み取れませんが、右の像と同年代頃のように見えます。
「法華経一部 沙門祖国」「法華経一千部 供養塔」の文字が見えます。沙門(しゃもん)は出家修行者の総称なので僧侶の供養塔でしょうか。


ようやく観音堂が見えてきました。

石灯籠
観音堂手前の石灯籠。年代は読み取れませんが、江戸時代頃のように見えます。手水石も年代不明です。
観音堂
絶壁の岩穴にめり込むようにして建てられています。屋根と壁は破損しています。壁に墨で「大正十五年三月」とあり他の文字は読み取り不明。
向拝に小さな半鐘と鰐口があります。

観音堂を右側から撮影しました。こちらも屋根と壁に穴が空き倒壊寸前です。

内部もかなり荒れています。








