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鶴峰八幡宮【前期八幡鳥居がある神社】

鶴峰八幡神社の拝殿

鶴峰八幡宮(つるみねはちまんぐう)

 
富津市八幡の「鶴峰八幡宮(鶴峯八幡神社)」は、鎌倉の「鶴岡八幡宮」、館山市の「鶴谷八幡宮」、と並び、関東を代表する八幡神社であり「関東の三鶴八幡」と呼ばれています。ただし、関東の三鶴八幡については当社の替わりに市原市の「鶴峯八幡宮」を入れる説もあります。
 
境内は新舞子海水浴場前にあり、上総地方の中でも規模の大きな神社です。

 

鶴峰八幡宮概要

 

旧社格

古くから天羽郷のうち15か村の鎮守であり、明治十二年(1879年)には郷社に列せられました。
 

祭神・ご利益

<主祭神>
〇誉田別命(ほんだわけのみこと) 
 武の神、出世開運の神、農耕の神、厄除、方位除、交通安全 
<相殿>
〇玉依姫命(たまよりひめのみこと)
 安産、子授け
〇神功皇后(じんぐうこうごう)
 縁結び、子授け、安産
 

祭礼・年中行事

〇元旦祭
 1月1日 大太鼓初打ち
〇新年祭(春祭)
 2月25日
〇例大祭(御浜出神事)
 9月15日前後の土曜・日曜
〇新嘗祭(秋祭)
 11月25日
 

御朱印・お守り

 あり(社務所にて販売)
 ※不在の場合があるので、事前に電話連絡をしてください
 

文化財

戦国時代の永正四年(1507年)武田信嗣・信秋により再興された際に奉納された棟札が残されています。昭和58年富津市指定有形文化財。
富津市ホームページ鶴峯八幡宮再興棟札
 

由緒・沿革

(参考:境内案内板/富津市史)
奈良時代、八幡浦の海がしばらくの間大荒れとなり漁師たちが困り果て、国司(朝廷から諸国に赴任させた地方官)に相談しました。この時、国司の夢枕に「八幡様にお祈りしなさい」とお告げがあり、国司が神助を祈祷したところ波風が収まったので、漁師たちが京都の岩清水八幡を勧請し神社を創建したち伝わります。創建は養老二年(718年)といわれていますが、貞観二年(860年)の説もあります。
 
治承四年(1180年)石橋山の戦いに敗れた源頼朝が安房に上陸し、安房から鎌倉へ向かう途中、当神社で武運長久を祈願た際短刀を奉納したと伝わります。
 
室町時代房総に侵攻した武田氏が真里谷(まりやつ)氏と名乗って佐貫城を築いた際、当神社を城下西方の守護神として再興。永正四年(1507年)十一月二十八日の再興の棟札(富津市指定文化財)が残されています。
 
天文年間(1532~1554年)佐貫城は、武田氏との争いに勝った里見氏の所有となり、里見氏は社領三千石を寄進し、里見義弘は太刀一振りを奉納。
 
江戸時代の天正18年(1590年)年に佐貫城主となった内藤家長が三十石を寄進、寛永十六年(1639年)松平勝隆および重治が二十石を寄進。宝永七年(1710年)佐貫に入府した安部氏が二十石を寄進し、特に阿部因旛守は二十石と山林七町七反七畝を寄進。
 
明治二十七年(1894年)御社殿を改修、昭和四年(1929年)本殿の屋根を銅葺きとし、幣殿、拝殿を新築。
 
平成二年(1990年)七月一日、神社本庁神社振興対策指定神社となる。これを受けて透塀(とうべい:内部が透けて見える塀)を新築し、境内参道の敷石工事を完了。
 
平成七年(1995年)社務所前の石造鳥居を粟島社に移築して、銅製の大鳥居を奉製。平成十四年(2002年)御神輿殿を新築、同十八年、上郷の御神輿が奉納され上郷、中郷、下郷の三基の御神輿が完成し、古の渡御(とぎょ)の行列が復刻する。
 

末社

境内には非常に多くの末社が鎮座します。

  1. ・天照皇大神宮
  2. ・八坂神社
  3. ・日枝神社
  4. ・高良神社
  5. ・若宮八幡神社
  6. ・粟島神社
  7. ・武内神社
  8. ・亀甲神社
  9. ・富士浅間神社
  10. ・天神社
  11. ・竈神社

鶴峰八幡宮案内図

 
敷地には3つの駐車場があります。第一駐車場の前に「1.厳島神社」境内入口に大鳥居、大鳥居の左後ろに「2.社務所」があります。社務所後ろは石畳の長い参道があり、正面に「3.拝殿と本殿」が鎮座。拝殿左側に「4.浅間神社」、拝殿裏側に「5.末社」、「6.祖霊者」、「7.粟島社」が鎮座。拝殿右側に「8.御神輿殿」と「9.大錨」があります。
鶴峰八幡宮案内図
 

1.厳島神社

 
第一駐車場向かいにあるのが厳島神社。鳥居の形状は両部鳥居です。鳥居の額束に弁天宮と記されています。昭和62年3月27日の再建碑によると総工費477万3800円とあります。
【祭神】市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)
【由緒・沿革】創建年は不明。在住の漁民たちが広島県安芸の宮島に鎮座する厳島神社の分霊を勧請したと伝わります。享和二年(1802年)に近郷の俳人たちが俳句を奉納(現存)。文化三年(1806年)社殿を建て替え。安政四年(1857年)六月五日御社殿建て替え。大正四年(1915年)茅葺屋根を葺き替えおよび修繕。昭和二十年(1945年)池の補修。昭和三十年(1955年)十月二十八日、茅屋根を亜鉛鉄板に葺き替え。昭和六十二年(1987年)三月二十七日社殿を再建。
厳島神社(弁天宮)
 

参道入口

 
参道入口に一対の大きな常夜灯があり後ろに銅製の二の鳥居があります。形状は八幡鳥居(前期型)。形は明神鳥居に似ていますが、一番上の笠木に反りがないのが特徴。これまで1000程神社の写真を撮影してきましたが、この形の鳥居を見たのは初めてで、散々調べてやっと判明しました。この八幡鳥居(前期型)は全国的にも非常に数が少なくほとんど残されていないようです。私がインターネットで調べたところ、世田谷八幡宮の一の鳥居、目黒区三田の春日神社、京都西京区桂春日町の春日神社のみでした。また、銅製の鳥居を見たのも初めてです。
参道入口
 

社務所

 
二の鳥居の左先に社務所があります。お守りや御朱印はここで購入できます。
二の鳥居社務所

 

手水舎

 
二の鳥居の右先の手水舎。昭和三十六年(1961年)九月奉献とあります。手水石の年代は不明。
手水舎参道の石畳

 

3.拝殿と本殿

 
手前が拝殿、奥が本殿。境内の由緒書きによると、社殿は、明治二十七年(1895年)に修復、昭和四年(1929年)改修と同時に屋根を銅板葺きにするとあります。
拝殿と御神輿殿拝殿と本殿

 

浅間神社

 
拝殿左側の浅間神社。鳥居の形状は神明系の宗忠鳥居。笠木と柱が円形、貫が角型で両端が柱の外に突き出ていて額束があるのが特徴。同じ形で額束がないものが鹿島鳥居です。
二の鳥居と同じく珍しい銅製です。
浅間神社浅間神社の鳥居""

 

5.末社 6.祖霊社

 
本殿裏の末社と祖霊社。
左下の写真の末社は「天照皇大神宮」とあり、見ざる聞かざる言わざると三基の石宮が祀られています。
右下の写真は祖霊社。鳥居の形状は靖国鳥居です。
末社祖霊社

 

7.粟島神社

 
末社の中で一番大きいのが粟島神社。鳥居は、社務所前にあったものを平成七年(1995年)に移築。形状は明神鳥居。
粟島神社の鳥居粟島神社の拝殿

 

8.御神輿殿

 
平成十四年(2002年)に新設された神輿蔵。これほど大きく立派な神輿蔵は初めて見ました。内部には上郷、中郷、下郷の三基の神輿が納められています。
御神輿殿
 

9.大錨

 
海上安全を祈願して奉納された大錨
大錨

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