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男金神社(おがなじんじゃ)三代目波の伊八の彫刻

男金神社拝殿の画像

男金神社(おがなじんじゃ)

 
鴨川市和泉の男金神社は標高80mほどの男金山の頂上に鎮座しています。参道入口は国登録有形文化財に指定されている和泉公会堂の右横にあります。
 
男金山の画像和泉公会堂の画像

 
【祭神】天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)
【ご利益】長寿延命、除災招福、戦勝祈願
【御朱印】不明
【由緒】参考文献:東条のあゆみ
通称は和泉の妙見社(みょうけんしゃ)と呼ばれます。「和泉村誌」によれば、創建年代は不詳とあり江戸時代以前の記録は全くありません。江戸時代の享保二十年(1735年)に本殿再建、明和五年(1768年)に本殿の再造立、文久二年(1862年)八月本殿再建。明治四十一年(1908年)区内の八幡社、大山祇社、稲荷社、神明社、駒木社、菅原社、松原社を合祀。
同社は古くから妙見社と呼ばれて来ましたが、明治初年に幕府が発令した「神仏分離令」によって男金神社と改称しました。
妙見信仰とは北斗七星に対する信仰で、仏教では妙見菩薩、神道では天御中主命として祀ります。
【祭礼】10月第二日曜 
男金神社の例祭で奉納される「和泉の三役」は鴨川市無形民族文化財に指定されています。 平成二十年二月二十一日指定
 

和泉の三役 平成十四年三月 鴨川市教育委員会

 
男金神社の祭礼日に神前及び和泉公会堂前にて棒術・鞨鼓舞(かっこまい)・神楽獅子舞の三つが合わせて奉納され、この三つを「和泉の三役」と呼びます。この三つがいつ頃から行われるようになったか定かではありませんが、明治四十一年(1908年)以降は揃って奉納されていました。戦後は後継者難から神楽獅子舞のみが行われていましたが、平成二年には三役として復活し、現在もそれぞれの保存会が保存継承に努めています。
 

棒術

里見氏の時代から農民の武芸奨励のために行われていたとの伝承もあります。六尺棒を基本にして真刀や木刀、鎌などを中心として用いますが、時代の推移とともに武芸的なものばかりではなく芸術的な扇や傘なども用いられるようになりました。
 

鞨鼓舞

戦国時代に始まり雨乞い神事として行われていたと伝えられています。現在でも使用されている三つの面には島村久八郎(波の伊八の弟子)作の文政二年(1819年)の銘が記され、この鞨鼓舞がそれ以前から行われていたことが推測できます。
 

神楽獅子舞

鴨川の磯村には江戸時代から代々続いた、伊勢神楽の流れをくむ館三太夫がいました。時代ははっきりしませんが、市内各地ではその三太夫から獅子舞を習得したと推測されます。この和泉地区でも家内安全と五穀豊穣を願う芸術として代々継承されてきました。
 
和泉公会堂横の参道は平坦な部分が100m程あり、鳥居から先の参道両側には手水石がたくさん並んでいます。全部で十個以上あり、これほど手水石の多い神社は初めて見ました。
鳥居は大正三年九月、貫が四角で柱の外に出ていないので靖国鳥居です。
 
男金神社の鳥居の画像男金神社の参道の画像

 
参道横の手水石。どれも年代はわかりません。
 
男金神社の手水石の画像1男金神社の手水石の画像2

 
男金神社の手水石の画像3男金神社の手水石の画像4

 
狛犬も全部で3対位あっとと思います。これは参道最初の狛犬で年在はわかりませんでした。
 
最初の狛犬(左)の画像最初の狛犬(右)の画像

 
男金神社の石灯籠(左)の画像男金神社の石灯籠(右)の画像

 
参道の平坦な部分はここが最後です。ここから先はすべて石段。頂上までの所要時間11分と短いのですが、結構キツイく太ももが崩壊しそうになりました。
 
参道の突き当たりの画像
 
この階段での事故等は自己責任とあります。それほど危な所はありませんが、石段が風化している部分があるので、手すりを使って慎重に上ってください。
 
参道の石段の画像
 
石段途中の狛犬。年代は不明です。
 
石段途中の狛犬(左)の画像石段途中の狛犬(右)の画像

 
石段途中の常夜灯。年代は不明です。
 
常夜灯(左)の画像常夜灯(右)の画像

 
石段はまだまだ続きます。
 
参道の石段の画像参道の石段のの画像2

 
ようやく拝殿が見えてきました。
 
男金神社拝殿の画像
 
手摺り工事記念、全338段 平成十八年4月完成 サクマ建設とあります。階段を下りる時に数えてみましたが実際には340段以上ありました。
大変な工事だったと思います。
 
石段の工事記念の画像
 

手水舎

 
拝殿前にある手水石。年代は文久二年(1862年)本殿再建の年に奉納されたもののようです。
この手水石は結構大きいですが、ここまでどうやって運んだのでしょうか?
社殿も何回か再建されていますが、木材もどうやって運んだのでしょうか??
 
手水舎の画像手水石の画像

 

常夜灯

 
拝殿前の常夜灯は比較的新しく平成十五年五月奉納です。
 
常夜灯(左)の画像常夜灯(右)の画像

 
拝殿向拝の丸彫りは、安房の名工「波の伊八」の三代目伊八信美46才の作品です。
なお、ここから3kmほどの鴨川市打墨には波の伊八 屋敷・工房跡(生誕の地)があります。
 
拝殿向拝の彫刻画像
 
木鼻の獏、獅子は他でも見られますが波の中に居るのは亀なのでしょうか。甲羅がありますが、手足が亀より長く、頭に角が生えていてちょっとユーモラスな顔です。
 
手水舎の画像手水石の画像

 
龍の彫刻の裏には『打墨仕 彫工 武志伊八朗 信美 作』と彫られています。
 
武志伊八郎信美(信秘)文化十三年(1816年)~明治二十二年(1889年)9月23日 74歳
 
三代目波の伊八の刻銘の画像
 

本殿

 
本殿左側の画像

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