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妙福寺(南房総市富浦町)日蓮上人の真筆

妙福寺本堂の画像

妙福寺(みょうふくじ)

 
山号:成就山
宗派:日蓮宗(弘法寺末)
本尊:大曼荼羅
開山・開基松本公日念上人
由緒:建長五年(1253年)四月二十八日、日蓮聖人は開宗宣言ののち清澄山から鎌倉へ向かう途中、那古から富浦に来たときに暴風雨に遭い「泉沢権頭(ごんのかみ)太郎」の家に宿泊して五月中旬に鎌倉に到着した。その後小松原法難から逃れた日蓮上人は再び泉沢家に宿泊した。この時に上人より「妙福」の法名を授けられました。
 
妙福寺は七面山のバス停前にあります。奥の石碑は日蓮大聖人生御影霊場碑です。
 
七面山のバス停の画像
 

日蓮上人の裸像 南房総市指定文化財 昭和五十一年八月十日

 
鎌倉に渡った聖人は甲州見延山に登り、久遠寺(くおんじ)を創建した。弘安二年(1279年)権頭太郎は未延に往き上人に合い祈願成就を祝った。上人は、「泉沢家に宿泊の際、老母が汚れた衣服を洗濯してくれ、自分は裸で読経した」と弟子に命じて裸体坐像を彫刻させた。この坐像が「日蓮上人の裸像」です。
 

日蓮上人の真筆と証明書 南房総市指定文化財 昭和五十一年八月十日

 
泉沢権頭太郎は、日蓮上人の裸像と一緒に授かったものとされ「南無妙法蓮華経」の題目と「日蓮」の署名と花押(かおう)がある。証明書は、この題目がこの題目が上人の真筆であることを日蓮宗の高僧が認めたものです。
 
里の人々は日蓮の徳に感じて「南無妙法谷(なむみょうほうや)」と称したと言い、後にこの周辺が「南無谷」(なむや)となったといいます。
(参考文献:富浦町史)
 
南房総市指定文化財の案内板
 
右側が妙福寺の本堂で左の朱に塗られた建物が祖師堂です。
 
妙福寺本堂と祖師堂の画像
 

本堂

 
昭和四十三年に草葺きから瓦葺にし、庫裡は昭和四十六年四月に新築されました。
 
妙福寺本堂の龍の彫刻の画像
 
本堂の龍の彫刻
 
妙福寺本堂の龍の彫刻のアップ画像
 
木鼻
 
木鼻(左)の画像木鼻(右)の画像

 

祖師堂

 
大正九年草葺きから瓦葺にし、昭和五十六年に銅板に葺き替え大修繕しました。
 
妙福寺祖師堂の画像
 
妙福寺祖師堂のアップ画像
 
妙福寺祖師堂の右横の画像
 
祖師堂裏山は見晴らしが良く、富浦湾が一望できます。裏山の崖の横穴には、泉沢権頭太郎の母「妙福」を葬ったやぐらがあります。
 
妙福寺裏山から海を望む
 
境内には赤穂浪士談義で名高い「柴田南窓」(1774~1846)と塾教育に尽くした「芝山千代太郎」の墓があります。
 
左下は檀方中によって天保4年(1833年)に寄進された題目塔。
 
妙福寺境内の題目塔の画像妙福寺境内の石碑の画像2

 
妙福寺手水舎の画像

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