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丸郷神社 南房総市天然記念物の大杉

丸郷神社本殿の画像

丸郷神社(まるごうじんじゃ)

 
【祭神】建御名方命(たけみなかたのみこと)
【社殿】天神社、下諏訪神社、琴毘羅社
【祭礼】10月
【由緒】(参考:丸山町史)
文久三年(1863年)の「丸郷神社再建勧化」によると、創建は養老二年(718年)とあり、はじめは諏訪神社と称していました。古くから、この地方の豪族丸氏の尊崇厚く、丸元俊が寿永年間(1182~1183)に社殿を造営し神田若干を寄付。その後、勝山の豪族安西景春に攻められ丸一族は敗北し衰退。安西氏も文安二年(1445年)に里見義實に滅ぼされ里見氏の庇護を受ける。里見氏滅亡後は幕府の天領となるも次第に衰微した。明治二年(1869年)社名を諏訪神社から丸郷神社に改名。大正十二年の関東大震災にて社殿が倒壊するも昭和二年に再建されました。
 

一の鳥居

 
参道の入り口には昭和十三年製の鳥居があります。形は神明系です。ここから拝殿までは非常に長い道のりで約400m程歩きます。
 
丸郷神社の一の鳥居の画像丸郷神社の参道の画像

 
途中には広場があり元は社が建っていたのでしょうか。下に見えるのは二の鳥居で、形は明神系です。
 
参道の神社跡の画像
 

三の鳥居

 
急な坂を登りきったところに三の鳥居があります。形は明神系の両部鳥居です。
 
丸郷神社の三の鳥居の画像
 

金毘羅社

 
三の鳥居をくぐった右側には金毘羅社が鎮座しています。祭神の大物主神(おおものぬしのかみ)は、蛇神、水神、雷神で稲作豊穣、疫病除けの神様です。
 
金毘羅大権現の画像金毘羅大権現の石碑の画像

 
参道右側に小さな社がありますが、詳細は不明です。
 
参道右の小さな社の画像
 
こちらの建物も名称は分かりません。この建物は神社らしい造りではないので、丸山町史に記述されている「社務所」だったのかも知れません。
この建物の右側には竣工記念碑、奥の階段の上には小さな社が鎮座しています。
 

竣工記念碑

 
第一期工事(昭和五十四年九月)
 ・下諏訪神社、天神社、金毘羅神社
 ・一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居修理
 ・本殿及び下諏訪神社周辺樹木の伐採
第二期工事(昭和五十五年七月)
 ・二の鳥居、三の鳥居中間参道拡張整備補修
 ・本殿脇の大杉(樹齢約三百五十年)を館山市那古の忍足材木店に譲渡
 
参道右の社の画像竣工記念碑の画像

 
こちらの建物は神社のようです。天神社か下諏訪神社かも知れません。
 
参道右の小さな社の画像
 
境内には池があり、鯉とオタマジャクシが泳いでいます。
 
丸郷神社境内の池の画像忠魂碑の画像

 

丸郷神社の大杉

 
(丸山町史より)
御神木の大杉「丸郷神社の大杉」は昭和56年10月29日、南房総市天然記念物に指定されました。
この大杉は寿永年間(1182~1183)社殿建立の際、丸氏が一族の弥栄(いやさか)と周囲の村々の安穏、五穀豊穣を祈念し植樹されたと伝えられています。
直径1.77m、幹周5.57m、樹高24.4mで樹齢約800年と推定されています。
 
御神木の大杉の画像
 
大杉手前左側には拝殿への階段があります。
 
丸郷神社拝殿への階段の画像丸郷神社拝殿と手水舎の画像

 

手水舎

 
手水石の年代は読み取れません。
 
丸郷神社手水舎の画像
 

拝殿

 
丸郷神社拝殿の画像
 
拝殿右側には小さな社があります。社の中には天神社、牛頭天王(ごずてんのう)、天照大神、菅原道真と記されています。
 
丸郷神社拝殿横の社の画像

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