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心巌寺(しんがんじ)

心巌寺の本堂

寿慶山心巌寺(ジュケイザンシンガンジ)

 
【宗派】浄土宗 大巌院
【山号】寿慶山
【本尊】阿弥陀三尊
【由緒・沿革】(参考文献:鴨川町のあゆみ、鴨川市史)
最初は、長狭郡北風原(ならいはら)にありましたが、文永2年(1533年)里見氏の内乱により焼失。天正5年(1577)里見氏の重臣正木房頼(ふさより)が九反五畝(約2850坪)の土地を寄進して再興したと伝わります。正木房頼は石見守(いわみのかみ)を名乗り里見義弘の娘を妻としていました。天正九年(1581年)の「正木憲時の乱」には一時里見義頼(よしより)に叛きましたが、後に帰順して、大喜多の城主を務めました。やがて出家して道俊(どうしゅん)と名乗り、夫人は法号を寿慶大姉と称しました。二人の供養塔は境内に建てられています。
寛政十一年(1795年)火災に遭い、昭和五年(1930年)に現在の石子山に移転し区内の念仏寺を合併しました。
 
石子山にある境内からは海が見渡せます。
境内の文化財案内境内からの眺め

 
境内には二基の宝篋印塔と地蔵尊があります。宝篋印塔の文字などは確認し忘れてしまいましたが、もしかしたら、正木房頼と妻の供養塔かも知れません。
宝篋印塔と地蔵尊
 
境内の鐘楼
鐘楼
 
梵鐘
梵鐘
 
六地蔵と墓地。本堂横には多くの古い墓地があります。
境内の六地蔵墓地

 
本堂は比較的新しいように見えます。この地に本堂が移されたのが昭和五年というので、それから修復か再建したのかも知れません。境内の六地増の横には大きな鬼瓦が置いてあります。
心厳寺本堂
 
本堂には富国百八箇所第五十七番の額があり、明治五年初秋とあります。安房地域の巡礼は安房国札観音霊場巡りなどが有名ですが、富国百八箇所については、どうやって調べても分かりませんでした。
富国百八箇所第五十七番の額
 

心巌寺の文化財

心巌寺には「浄土曼荼羅三点」鴨川市指定文化財と「木造行道面 菩薩面 比丘面」千葉県指定文化財の2点が所蔵されています。
 

浄土曼荼羅三点

心厳寺に伝来する浄土曼荼羅三点は、昭和五十一年(1967年)一月に鴨川市文化財に指定されました。曼荼羅とは阿弥陀如来が諸菩薩のために説法する様子を描いた仏画であり、三点ともに線の描き方や彩色が極めて鮮やかで優れた作品とされています。
館山ミュージアムフィールド清海曼荼羅図 1幅
 

木造行道面 菩薩面 比丘面(もくぞうぎょうどうめん・ぼさつめん・びくにめん)

※境内の説明板より
行道面は来迎会(らいごうえ)の法要に用いられたものですが、心厳寺にはその伝承もなく、現在は面のみで、付属の装束類は一切残されていません。しかし、浄土三曼荼羅など、阿弥陀信仰に関する什宝もあって一連の関係が類推されます。菩薩面二十一面、比丘形の面二面を伝存し、おそらく来迎会に用いられた二十五菩薩面の内と思われます。比丘は地蔵・龍樹(りゅうじゅ)と見られます。二十三面は、細部の形や影法から、およそ四種類に分けられ、それぞれ作成時期も相違すると考えられます。
 
千葉県下には、行面道として鎌倉時代の菩薩面四面がありますが、心厳寺の行面道はこれに次ぐ室町時代以降のもので、二十三面という多数を伝えている点でも貴重です。行面道は、寺院の法会や供養会の際、仏像や堂塔の周囲を僧侶が行列を成して、経分を読みながら練り歩く行道の儀式に用いられたもので、日本では平安時代頃から盛んになったと言われています。
平成十年二月一日 鴨川市教育委員会
 
木造行道面の画像(千葉県ホームページ)
 

心巌寺本堂の彫刻

※本堂の初代伊八の彫刻は文化財には指定されていませんが、境内に説明板があります。
【所有者】心巌寺
【製作者】武志伊八朗信由(初代伊八)
【製作年】天明年間(1781~1788)
【員数】二点
【寸法】幅290cm(一点)
心巌寺は大正時代までは鴨川漁港に近い場所にありましが、昭和五年にこの地に移り、その際に現在の本堂が建設されました。本堂内には、幅290cmの竜の彫刻二点が取り付けられています。この竜は、右が阿、左が吽、の阿吽(あうん)の一対の構成になっています。阿の竜の裏面には「彫工 下打墨 武志伊八朗信由」の銘が刻まれていることから、初代伊八の作であることが確認されます。作風としては、伊八が三十年代前半に作成した竜と共通する特徴が認められることから、製作年代は天明年間であることが推測されます。比較的近年のものと思われる彩色が施されていますが、当初から色が塗られていたかどうかについては判然としません。この阿吽の竜は鴨川漁港に近い場所に所在していた本堂に取り付けられていましたが、現在の本堂の建立に際して再利用された結果、今日まで遺されました。
平成二十七年十二月二十二日
鴨川市の文化遺産を活かした地域活性化実行委員
心厳寺本堂の彫刻の説明
 
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