八剱八幡神社|木更津・東京湾の鎮守

2026年01月05日

八剱八幡神社(やつるぎはちまんじんじゃ)

概要

木更津市富士見の「八剱八幡神社」は、古くから木更津の総鎮守(郷社)・東京湾中央部の守護神として厚い信仰を集めています。
各種ご祈祷、安全祈願、神前結婚式などが執り行われ、参拝客が非常に多いパワースポットです。
毎年7月に開催される「御例祭」で渡御(とぎょ)する大神輿は関東地方で一番大きな神輿として知られています。

 


詳細

【旧社格】

郷社

【祭神】

・誉田別命(ほんだわけのみこと)應神天皇
・息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)神功皇后
・足仲彦命(たらしなかつひこのみこと)仲哀天皇
・素盞嗚命(すさのおのみこと)
・日本武尊(やまとたけるのみこと)
※末社の祭神については後述
御利益:厄除け・交通安全・初宮詣・七五三詣・商売繁盛・合格祈願・学業成就 等

【御朱印】

【祭礼・年中行事】

・歳旦祭(さいたんさい)
1月1日午前0時に執り行われる新年の祭礼
・節分祭(せつぶんさい)
2月3日の18:00より。追儺式(ついなしき)で新年の厄払いを行います。
・夏越大祓式(なごしおおはらいしき)
6月30日15:00~
・例大祭(八幡さまのまち)
7月第2金曜日 本殿祭、翌土曜、日曜「大神輿巡行」
関東一大きい神輿が町内を練り歩きます。
・戦没者慰霊祭(せんぼつしゃいれいさい)
8月15日10:00より戦没者の追悼と感謝、平和記念の慰霊祭を行います。
・七五三詣(しちごさんもうで)
11月15日に男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の成長を祝う祝事です。
・年越大祓式(としこしおおはらいしき)
大晦日の12月31日15:00に執り行われる日本の伝統行事。

【文化財】
<木更津市指定文化財>

種別 名称 指定年月
有形文化財
(彫刻)
嶺田楓江寿碑 S44.7.1
有形文化財
(歴史資料)
五大力船絵馬 S59.2.23
有形文化
(絵画)
剱八幡神社の
格天井装飾画
S61.9.12

※徳川家康公寄進の銅鳥については下記一覧に記載なしのため調査中
※詳細は千葉県公式ホームページ木更津市の国・県指定および国登録文化財をご覧ください。
【由緒・沿革】

(参考:千葉懸君津郡誌 下巻、公式Webサイト)
創建の詳細は不明ですが、千葉県屈指の古社であることに間違いはありません。
口碑の伝えるところによるとこの周辺は「八剱の里」と呼ばれていて、当地には「八剱の神」という神祠があった。
景行天皇40年(弥生時代後期の西暦110年頃)日本武尊が蝦夷(エミシ)を平定する際、暴風を鎮めるために海に身を投げた妃橘姫の死を悼んでこの地にしばらくの間滞在し、里人が日本武尊を併せ祀ったという(諸説あり詳細は不明)。
日本武尊がしばらくの間この地を去らなかったため、当地は「君去らず」(現在のきさらづ)と呼ばれるようになったと伝わる。
 
鎌倉時代(1185年~)源頼朝が鎌倉幕府を開く際、神領を寄付し神殿を造営。
安土桃山時代の天正十九年(1591年)徳川家康が社領三石二斗を寄進。
江戸時代初期の慶長十九年(1614年)大阪冬の陣では木更津河岸に24人の船頭が招集され、向井忠勝、小浜光隆らの指揮のもと目覚しい活躍をし、これも本社に霊験加護によるものとされ、銀子(ぎんす:銀の貨幣)と銅鳥一隻を寄贈賜る。
江戸時代中期の宝暦二年(1752年)木更津の大火により社殿焼出し、安永二年(1773年)に再建。
江戸時代中期の寛政九年(1797年)十一月社殿を修繕。
大正三年(1914年)二月修繕着工し同年七月竣成。
明治四年(1871年)十月二十七日、櫻井懸より郷社と定められる。

 


境内案内

西の木更津港側に一の鳥居が建ち、参道右側に祖神社、手水舎、三社神社、源頼朝御手植えの大蘇鉄が続きます。
鳥居正面に拝殿、本殿が鎮座し、本殿右奥に関東一大きい神輿が納められている神輿蔵が建てられていて、神輿蔵右横はトイレです。
本殿右側の大きな建物は参集殿で、各種お祓い受付、御朱印、お守り等はここで行います。

境内案内図

境内案内図

鳥居

参道入口に立つ鳥居。建立は明治二十五年(1892年)八月吉日。笠木(一番上の平行な柱)と垂直な柱が円形、貫(笠木の下の平行な柱)が角型なので神明系の一種である靖国鳥居です。
鳥居

祖神社(そじんじゃ)

木更津の工匠の職人たちが、匠の神が祀られている、南房総市沓見の莫越山神社(なこしやまじんじゃ)より祭神を勧請。
現在は木更津建築業委員会が、毎年1月22日に「太子講」を執り行っている。
【祭神】
・屋船久々能知命(やふねくくのちのみこと)
・手置帆負命(たおきほおいのみこと)
・屋船豊宇気姫命(やふねとようけひめのみこと)
・彦狭知命(ひこさちしりのみこと)
祖神社

手水舎

手水舎の年代を撮影し忘れました。ネットで色々と調べてみましたが年代は判明しませんでした。
手水舎

御神水(ごしんすい)

以前は「上総掘」で掘られた井戸がありましたが、周辺開発で枯れてしまい、同じ水脈の地下110mから汲み上げています。
御神水を受ける方は授与所に告げるとレバーを借りることができます。
※煮沸消毒要 受付9:00~16:00
御神水

三社神社(末社)

手水舎裏が三社神社。複数の赤い鳥居(千本鳥居)は稲荷神社特有のものです。3つの神社が祀られているので三社神社と呼ばれています。
稲荷神社

京都の伏見稲荷神社の総本社より宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を勧請
御利益:豊作・五穀豊穣・商売繁盛など

三峯神社

祭神:伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)
御利益:家内安全・火難盗難除け、厄除けなど

御嶽神社(おんたけじんじゃ)

祭神:国常立命(くにのとこたちのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)

稲荷社の鳥居
三社神社の社。決して大きくはありませんが、彫刻が精巧で躍動感に溢れています。
三社神社の社

狛犬

拝殿前の狛犬。手前が古いもの(下の写真)で奥が新しい狛犬です。
年代を読み取るのは難しく「文政???月吉日」とあります。文政は江戸時代後期で西暦は1818年から1830年の間です。

【狛犬(左)】
狛犬(左)
【狛犬(右)】
狛犬(右)

拝殿

社殿は大正三年(1914年)の大改修。その後、昭和五十五年(1980年)の改修では狩野派の格天井装飾画も復元されています。
拝殿

拝殿と本殿

左は拝殿、右が本殿です。
本殿

源頼朝公お手植えの蘇鉄

(境内案内板より抜粋)
この蘇鉄は元は君津市草牛の森家に植えられていたものです。森家は山の中にあり、鹿野山へ馬で参拝する人々は森家の前で休憩し顔を合わせることが多いので『相駒』という屋号になりました。
 
頼朝公も兵馬の疲れを癒すために森家で休憩するお礼としてこの蘇鉄を植えたとされています。
時は移り大正十五年五月(1926年)に木更津銀行頭取の宮崎銀平氏が蘇鉄を森家から譲り受けたものです。
当神社が頼朝公と深いかかわりがある事を知っていた宮崎氏が当社に奉納したものです。
源頼朝公お手植えの蘇鉄

神輿蔵

本殿横の神輿蔵には神輿が納められています。安房、上総地方は大変祭りの多い地域であり、私は多くの神輿を見て来ましたが、この神輿は群を抜いて大きく感じ、説明を読んでみると、重さ1.5トン以上、台輪幅4尺7寸(142cm)で関東一の大きさとなっています。
 
関東の三大神輿は東京台東区の「鳥越神社」、東京江東区の「富岡八幡宮」と、この神輿とされ、その中でもとりわけ大きいのが「八剱八幡の大神輿」です。
 
古くは江戸時代の享保年間(1716年~1736年)に初めて神輿の記録があり、宝暦、安永、天保の記録が残されています。
現在の神輿は江戸時代後期の嘉永三年(1850年)に創建され、その後明治、大正、昭和と六回にわたり改修され、平成三十年(2018年)には30年ぶりの大改修を行いました。
神輿蔵

参集殿(祈祷受付所)

参集殿は古くなった社務所を平成30年(2018年)に建て替えたもので、社務所としては大変大きなものです。
各種祈祷の受付や御朱印・お守りの購入はここで行います。
参集殿(祈祷受付所)

御朱印

八剱八幡神社は千葉県内で41社ある「房總三國神社御朱印めぐり」の指定神社です。
房總三國神社御朱印めぐり
御朱印
 


公式Webサイト/SNS

【ホームページ】千葉 参拝|八剱八幡神社
【Instagram】八剱八幡神社 (@yatsurugihachimanjinja)
【X】八剱八幡神社

詳細情報

名称

八剱八幡神社

住所

〒292-0831 千葉県木更津市富士見1丁目6-15

お問い合わせ先

0438-23-8881

※スマートフォンの方は電話番号をタップで直接電話できますので、営業時間や定休日をご確認下さい。
また掲載されている情報はこの記事を掲載した当時の情報ですので、古い場合がございます。
お問い合わせの際は「『房総タウン』を見た」とお伝えください。

定休日

なし

営業時間

9:00~16:00

駐車場

あり

アクセス

・電車:JR内房線「木更津駅西口」より約450m 徒歩約5分
・車 :東京湾アクアライン木更津金田ICより約5.7km 車で約11分
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