石堂原八幡神社【石堂村の旧村社】

2023年12月20日

石堂原八幡神社(いしどうはらはちまんじんじゃ)

南房総市石堂原の「石堂原八幡神社」は、かつての石堂原村の旧村社です。
当神社の入口は石段があるのみで、鳥居などは見えません。社殿は小高い山の頂上に鎮座しており、知っていないと見つけるのが難しい神社です。
 

神社概要

参考文献:丸山町史
【社格】旧村社
【祭神】誉田別命(ほんだわけのみこと)
【祭礼】
丸山町史に以下のように記載がありますが、現在も執り行われているかは確認できません。
 ・祈年祭 3月6日
 ・例祭 8月15日
 ・新嘗祭 11月30日
【御朱印】神主は常在していないため不明
【由緒・沿革】
創建などは不詳。同村字清水に鎮座していた「山神社」の管理者がなく破損が激しいため明治九年(1876年)に当社に合祀。
神社庁監修Webサイト「神社検索隊!」に、末社は「稲荷神社」とあります。


境内案内

小さな山の麓に石段があり立札や鳥居は見当たりません。
入口の石段は石が風化して滑りやすいので注意してください。
参道入口の石段
石段を登ってしばらくは登り坂の参道が続き途中に鳥居が建っています。

【参道】
参道
【鳥居】
鳥居

鳥居

鳥居は参道入口と拝殿の中間付近に建っていて年代は刻まれていません。
形状は典型的な明神鳥居です。
鳥居のアップ

手水舎/手水石

手水舎は破損しています。鉄制の手水鉢をみたのは初めてです。
錆が激しく文字を読み取るのが大変です。
『安房郡千倉町平舘七六一番 〇〇〇』
『奉納者安房郡〇〇石堂原二八0番地 〇〇〇〇〇〇』
肝心の奉納者はまったく読み取ることができません。

【手水舎】
手水舎
【手水鉢】
手水鉢

境内

境内に狛犬や常夜灯は見当たりません。
丸山村史に例祭は八月十五日とありますが、現在も執り行われているかどうか確認はできません。
ただし、青竹が二本建てられ火を焚いた後があるので、何かの神事は行われているはずです。
神事の跡

拝殿

建立や再建は調べても分かりません。社内には古い子ども用の神輿が残っています。
壁や屋根の雰囲気から古いものに見えます。
 
屋根の瓦は大きく破損しています。これを修復するには相当な費用がかかると思われます。
壁も傷んでいてそろそろ再建の必要がありそうです。
屋根の破損部分
拝殿

向拝と木鼻の彫刻

龍と獅子の彫刻。裏に以下のように彫られています。
『明治三十五年(1902年)寅十一月吉祥日』
『當國館野村國分 彫師 後藤喜三郎橘義信』
 
「當國(当国)」は安房国(現在の南房総周辺)のことでしょうか。
ただし、安房国については何回か統廃合を繰り返し、明治初期には木更津県となっているので正確なところは不明です。
「館野村国分」は現在の千葉県館山市国分。
「後藤喜三郎橘義信(1849)~(1926)」は初代後藤義光の門人。明治三十五年は師匠の後藤義光が亡くなった年です。
後藤喜三郎橘義信の彫刻

末社(石宮)

拝殿右側の石宮。文字は読み取れず、江戸時代ころのものだと思われます。合祀した「山神社」や「稲荷神社」の石宮でしょうか。

【大きな石宮】
大きな石宮
【小さな石宮】
小さな石宮

御神木

石宮の奥にある大木が御神木。葉の形をよく確認していませんが、樹皮からするとくすの木かも知れません。
くすの木だとしたら、全国各地のものと見比べると樹齢200年以上だと思われます。
御神木

詳細情報

名称

石堂原八幡神社

住所

〒299-2502 千葉県南房総市石堂原161

お問い合わせ先

0470-46-2539

※スマートフォンの方は電話番号をタップで直接電話できますので、営業時間や定休日をご確認下さい。
また掲載されている情報はこの記事を掲載した当時の情報ですので、古い場合がございます。
お問い合わせの際は「『房総タウン』を見た」とお伝えください。

定休日

なし

駐車場

なし

アクセス

・館山自動車道路「富浦IC」より約15.6km 車で約23分
・JR内房線「南三原駅」より約7.5km 車で約12分
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