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熊野神社【鴨川市粟斗】

熊野神社全景

熊野神社(くまのじんじゃ)

 
鴨川市粟斗の「熊野神社」は鴨川市街から保台ダムへ向かう途中にある小さな神社です。
 
粟斗周辺には、お店などはありませんが、私の大好きな粟斗温泉があります。この温泉は1日中ゆったりとでき、持ち込みで飲食ができる広い休憩所があり、少し寂れた雰囲気が気に入っています。そして何より人懐っこいネコがとてもカワイイのです。
 

熊野神社概要

 
【旧社格】村社(明治初年)
【祭神】伊邪那岐命(いざなみのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)
 伊邪那岐命は妻である伊邪那美命と共に日本の国土を生み出した神
【御利益】縁結び、殖産信仰、厄除けなど
【祭礼】10月上旬から中旬の西条地区の祭礼が開催されているが、粟斗地区が参加しているかどうかは不明
【御朱印】不明
【由緒・沿革】(参考文献:西条のあゆみ、鴨川市史 通史編)
通称「おくまさま」と呼ばれています。「粟斗村誌」によると祭礼9月9日、元禄十一年(1698年)十二月再建、本村二戸の鎮守とすとあります。「千葉県神社名鑑」には、創立年代は不詳。社伝には 安土桃山時代の文禄(1592年~1596年)・慶長(1596年~1615年)の頃、当地に土着した山口家が地域住民と協議し、紀州熊野より勧請して創建とあります。社殿は江戸時代の元禄十一年(1698年)再建の棟札があります。江戸時代後期の弘化二年(1845年)改築。
 
ここで大きな疑問があります。
粟斗地区には「春日神社」と「当社」の2つの神社が鎮座しており、「西条のあゆみ」によると両社とも村社と記されています。
 
粟斗村について調べてみると、元々は「安波村」と呼ばれ、江戸時代中期の天明四年(1784年)に「安波村」から「粟斗村」と改めるとあり、その後合併や分割の記録はありません。西条のあゆみと千葉県神社庁のサイトによると、当社が村社に指定されたのは明治初年とあります。
 
ということは、粟斗村には村社が2社存在していたということなのでしょうか?
春日神社の創建は天正年間(1573年~1592年)と熊野神社より古く、氏子がわずか二戸の熊野神社がどうして村社に指定されたのか不思議でなりません。(春日神社も明治初年に村社に指定されています)

 


 

境内案内

 
境内は入口に鳥居があり、少し奥は拝殿となっています。
 

鳥居

 
入口にある木製の鳥居。形状は笠木・貫・柱がすべて円形の典型的な神明鳥居です。建立の年代は不明。
鳥居
 

手水石

 
丸い石をくり抜いた、とても小さな手水石。奉納年代は不明。
手水石
 

拝殿

 
西条のあゆみによると、弘化二年(1845年)改築とありますが、その後も改築されていると思われます。
向拝に彫刻は無く注連縄がかけられています。
拝殿
 

御神木

 
拝殿手前に杉の大木があり、これが御神木と思われます。太さからして推定樹齢200年~300年位と思われます。
杉の御神木
 

石宮

 
拝殿左にある小さな石宮。文字などは刻まれていません。合祀の記録が残っていないので何の石宮かは不明です。
小さな石宮
 

拝殿内部

 
扉が破損しているので内部も荒れています。絵のようなものがありますが何の絵なのか不明せす。
拝殿内部

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