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古泉千樫(こいずみ ちかし)誕生地【千葉県指定史跡】

古泉千樫の案内板の画像

鴨川市細野にある「古泉千樫誕生地」は千葉県指定史跡(昭和44年1月10日)です。
千葉県ホームページ古泉千樫誕生地
 

古泉千樫(こいずみ ちかし)

 
<案内板より>
古泉千樫は明治十九年(1886年)九月二十六日、長狭群細野村に農家の長男として生まれ、本名は幾太郎(いくたろう)といいました。明治三十三年(1900年)吉尾尋常高等小学校を卒業後、直ちに代用教員として教壇に立ちました。その後、教員講習所に入所し、三十五年から四十一年まで田原尋常小学校に奉職しました。
 
明治三十一年に雑誌「小国民」に初めて投稿して以来、雑誌「心の花」「馬酔木」、新聞「万朝報」「日本」等に短歌の投稿を続けました。明治三十七年「馬酔木」に投稿した歌が、伊藤左千夫から高い評価を受け門人となりました。
 
明治四十一年田原小学校を辞し上京した千樫は、左千夫や斎藤茂吉らと雑誌「アララギ」の中心的存在として編集に携わりながら、作家活動を続けました。
大正十三年(1924年)に「アララギ」を離れて北原白秋らの「日光」に加わりました。
 
昭和二年(1927年)八月十一日、惜しまれながら四十二歳の短い生涯を閉じました。誕生地は古い面影を残す椿にの井戸を中心に史跡に指定されています。
 
一すぢに椿がもとゆこの井戸の 水は湧きいづ昔ながらに
 
 千葉県教育委員会
 鴨川市教育委員会
 
案内板の右横には階段があり、階段を下りると四阿(あずまや)、歌碑、椿の井戸があります。
 
階段の途中には普通の3倍(20cm位)ほどの大きな松ぼっくりが落ちています。この松は多分「ダイオウショウ」という北アメリカ原産の松か、「テーダマツ」というアメリカ原産の松ではないでしょうか。いづれにしても葉は長く大木になるようです。
 
大きな松ぼっくりの画像
 
松の大木の画像
 

四阿(あずまや)

 
四阿(あずまや)の画像
 

歌碑

 
みんなみの嶺岡山の焼くる火の
こよひも赤く見えにけるかも
 
古泉千樫の歌碑の画像
 
歌碑から更に下へ下りると椿の井戸の案内板が見えて来ます。
 
案内板を右に曲がると椿の大木があり、根本からは水が湧き出ています。
 
椿の井戸の案内板の画像
 
下は井戸が掘ってあるのか、湧き水なのかは分かりません。
 
椿の井戸の画像
 
椿の井戸のアップの画像

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