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勝福寺【房州真言宗の名刹】

勝福寺本堂の画像

桂林山多門院勝福寺(しょうふくじ)

 
鴨川市川代の勝福寺は鴨川市太田学の成就院と並び房州真言宗の十本寺の一寺です。
 

勝福寺概要

【宗派】真言宗智山派
※南房総市府中の宝珠院
【山号】桂林山
【院号】多門院
【本尊】不動明王(当初は阿弥陀如来)
【御朱印】不明
【由緒・沿革】(参考文献:鴨川市史/田原のあゆみ)
勝福寺に伝来する「由緒書」によると、創建年は明らかでなく、厳海(げんかい)という僧侶が阿弥陀如来を本尊として、川代の熊野道(くまのどう)に建立。その後、衰微し聖興法印が永正二年(1505年)に中興開山。
 
天正年間(1573~1592)の初めに大名里見氏に大般若経六百巻と寺領二十石の寄進をうける。天正の中ごろ、度々の洪水により本堂が流失し、慶長二年(1597年)に宥長(ゆうちょう)法印が里見氏の援助をうけ熊野権現屋敷(現宮ノ脇?)本堂を建立。天保五年(1834年)十二月、火災により本堂、庫裏(住職の居間)、土蔵、長屋門を失い、住職の憲勝(けんしょう)法印が多くの人々の浄財を得て天保七年(1836年)本堂、庫裏、長屋門を再建。このときに本尊を不動明王に改める。昭和十四年(1939年)六月に村内谷根(やつね)の福寿院を合併。
 
勝福寺に伝来する古文書の中に、同寺の祭礼にあたり山内で諸商売をするために、勝福寺に差し出した寛政元年(1789年)の札があるようです。現在、勝福寺にて祭礼は行われていませんが、当時は市が立ち相当のにぎわいを見せていたようです。
 


 

境内案内

 
境内には本堂、鐘楼があり、石段を上ると毘沙門堂があります。
本堂左手前の池
 
本堂の左側には池があり縁には3体の地蔵像が並んでいます。
池の縁の地蔵毘沙門堂手前の石碑

 
池の先には石段があり石段の上は毘沙門道です。
毘沙門堂手前の石碑毘沙門堂への石段

 

毘沙門堂

文明十五年(1483年)八月に起工し翌年六月に完成。天正年間(1573~1592)度々の洪水により流失し、宝暦二年(1752年)に住職の宥海(ゆうかい)法印が発願し領主本田正安の援助により毘沙門堂を再建。建設に携わった大工の棟梁は、川代村の石井喜平次・石井平八、打墨村の甚左衛門です。
毘沙門堂の全景
 

出羽三山の参拝記念碑

鐘楼横のにある石碑は、山形県の月山・羽黒山・湯殿山の参拝記念碑。神社やお寺で多く見かけます。
出羽三山の参拝記念碑
 

鐘楼/梵鐘

鐘楼の創建年代は不明ですが、明治四十二年(1909年)に再建されたものです。
鐘楼と梵鐘

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