駒形神社(こまがたじんじゃ)
南房総市中区の田園地帯の中に鎮座する神社です。
【祭神】蒼稲魂命(あおいねのみたまのみこと)食物の神様
【由緒】創建等詳細は不明。
名前の由来は昔、神馬を差し出し競馬を行ったことから命名されたと思われます。
天保九年(1838年)の「村差シ明細帳」によると中村には、鎮守駒形大明神、愛宕大権現、熊野大権現、牛頭(ごず)天王などが記載され、別に山王宮があったことが分かります。現在はこの駒形神社の他に愛宕大権現が残っています。
【祭礼】調査中
周囲は田園地帯で、拝殿は小高い丘の上です。鳥居をくぐってから拝殿までは150m程、参道はほとんどが階段なので、拝殿まで長く感じます。
鳥居
建立は平成八年十月。、笠木と島木の両端がそりあがっている神明鳥居です。
鳥居の右側には、出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)の石碑他、4基の石碑がありますが、詳細は読み取れません。
宗吾大神
参道の左には小さな社があります。この社が先に記述した愛宕大権現なのかどうかは分かりません。この社の少し手前には「宗吾大神」の石碑があります。
「宗吾大神」とは佐倉藩の名主「木内惣五郎」のことで、江戸時代の佐倉藩の悪政を将軍綱吉に直訴し処刑されてしまった義民です。1752年に堀田正亮公が惣五郎の百回忌に宗吾道閑居士の法号を与えたことから「宗吾」と呼ばれるようになったようで、信仰は全国に広まりました。お墓と生家は、千葉県成田市の鳴鐘山東勝寺に残されています。
参道の途中には大きなヤマユリが咲いていました。
狛犬
狛犬の年代は読み取れません。
皇紀二千六百年
狛犬の下には、皇紀二千六百年の小さな石碑があります。皇紀二千六百年とは、明治政府が明治五年に定めた天皇制の年号で、初代の神武天皇の即位を元年とした紀元前660年を皇紀元年としたものです。
手水舎
嘉永五年(1852年)奉納。江戸時代末期のものです。
拝殿
拝殿の創建等は不明です。
本殿