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古代大賀蓮の里【2千年前のハス】

古代大賀蓮の里(こだいおおがはすのさと)

 
鴨川市北小町の田園地帯に蓮の花の名所「古代大賀蓮の里」があります。毎年6月下旬から8月上旬にかけてピンクの大きな花が咲き、多くのカメラマンでにぎわいますが、2019年と2020年はイノシシの被害によりほとんど花を見ることができませんでした。古代大賀蓮の里は、現在再生中であり電気柵が設置されたことから、来年は花を見ることができると思います。
 
長狭街道(千葉県道34号線鴨川保田線)に下の写真の案内板があります。 バスで行く場合は、鴨川日東バスの長狭線または金谷線の河岸坂上停留所で下車します。
古代大賀蓮の里の長狭街道入口河岸坂上のバス停

 
ここが駐車場でトイレもあります。途中は畦道なので雨の後は道がぬかるみます。
大賀蓮の里の駐車場
 
大賀蓮の里の入口
 
蓮池の手前には東屋が設置されています。
東屋
 

大賀蓮とは

 
引用元:Wikipedia(大賀ハス)
戦時中に燃料不足を補うため、東京都が東京大学検見川厚生農場を借り草炭の採掘を始め、戦後も引続き採掘を継続していました。昭和22年(1947年)作業員が丸木舟1隻と櫂6本を発掘したのをきっかけに、慶應義塾大学や東洋大学、日本考古学研究所が加わり本格的な調査が行われ、もう2隻の丸木舟とハスの果托(かたく)などが発掘され、縄文時代の船だまりと推測され「落合遺跡」と呼ばれました。
 
昭和26年(1951年)植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎氏を中心に、地元の小中学生、市民ボランティアなどの協力を得て発掘調査を続けていましたが、思うような成果が挙げられず、調査は難航し、翌日で打ち切りという前日の夕刻に花園中学校の女子生徒により地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され、予定を延長した結果合計3粒のハスの実が発掘されました。
 
その後、大賀博士は発掘された3粒の発芽育成を5月上旬より開始。翌年の3月に3粒の中の1粒が発芽、昭和27年(1952年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。このニュースは国内外に広く報道され、「検見川の大賀蓮」とて昭和29年(1954年)千葉県の天然記念物に指定されました。
現在、大賀蓮は世界各国、日本各地へ根分けされています。
 
【分類】水生植物 スイレン科/ハス属 別名:ハチス
 ※花托(かたく)がハチの巣に似ていることから蜂巣(ハチス)と呼ばれる
【花期】6月上旬~8月上旬 朝開花して夜閉じる
【形態】
 花径:240~280mm 中から大型
 花弁数:細長い舟型の花弁が15~20枚、一重咲き
 花色:鮮やかなピンク色で非常に優美
 葉・花茎長:800~1,000mm
 葉の大きさ:350~400mm前後
 葉の表面にはミクロの毛があって水をはじく性質がある
【増え方】地下茎(レンコン)で増える
【分布】全北区、東洋区など(インド、中国、日本、北アメリカ)
大賀蓮の里の全景
 
大賀蓮の里の全景(山側)
 
やっと蕾を見つけました。今日はこの一輪だけです。
蓮は早朝に咲き、その際に「ポンっ」と音がして音を聞いた者は幸せになると言われています。
しかし、実際には音はしないとういのが大方の説のようです。
大賀蓮のつぼみ
 
これは蓮の若い花托。もう少し大きくなると蜂の巣に似てきます。
大賀蓮の種
 
大賀蓮の花托
 

中原道夫の句碑

 
蓮池の一角に中原道夫の句碑があります。
 
『蓮の實の飛びそこねたる無聊かな』
※無聊(ぶりょう):退屈、楽しくない
 
中原道夫)は新潟県西蒲原郡岩室村の俳人。21世紀の風狂の俳諧師と呼ばれています。
<略歴>
・1951年新潟県西蒲原郡岩室村(現・新潟市西蒲区)に生まれる
・1974年多摩美術大学を卒業し、博報堂に入社
・1980年頃より社内の俳句同好会で俳句を始める
・1984年第12回沖新人賞受賞
・1989年第1句集「蕩児」(冨士書房)にて第13回俳人協会新人賞受賞
・1993年第2句集「顱頂(ろちょう)」により第33回俳人協会賞受賞
・1998年俳句結社「銀化」創刊
中原道夫の句碑

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