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紅屋金物店【国登録有形文化財(建造物)】

紅屋の店舗外観画像

紅屋商店店舗(べにやしょうてん てんぽ)/紅屋商店主屋(べにやしょうてん おもや)

 
館山市の長須賀交差点前の金物店「紅屋商店」の店舗と主屋は平成19年7月31日に国登録有形文化財(建造物)に指定されました。
【国登録】原簿記載:平成19年7月31日 官報告示:平成19年8月13日
【登録番号】店舗:12-0071号 主屋:12-0072号
【年代】店舗:大正13年(1924年) 主屋:昭和元年(1926年) 
【登録基準】国土の歴史的空間に寄与しているもの
【構造・形式・種類】
 店舗:桁行7.2m、梁間4.4m、土蔵2階建、外壁洗出し、切妻造り桟瓦葺、背面主屋と接続。
    出店、14.0㎡附属、片流瓦棒銅板葺。合計46.6㎡
 主屋:桁行9.4m、梁間5.4m、2階建、切妻造り桟瓦葺。玄関、千鳥破風付。合計52.5㎡。
 
べにやの鉄製の看板の画像
 
館山市長須賀は、境川と汐入川に挟まれ、この二つの川と館山湾が形成した砂州に町場が形成されています。江戸時代から、館山に向かう房総往還に沿って、北側の新宿から続く町並みがありました。
明治11年(1878年)、新井に館山桟橋が整備され、東京と館山が汽船で結ばれるようになると、千倉や白浜方面からの荷が集まるようになり、桟橋に近い館山下町と長須賀の古い町場との間の通り沿いに、商店が立ち並ぶようになりました。
金物を扱う紅屋商店は、現在の南房総市和田町にありましたが、明治26年(1893年)に現在の地である館山市長須賀に移転、当時使用していた建物を和田から移築し、長須賀で開業しました。しかし、大正12年(1923年)の関東大震災で店舗、住宅ともに倒壊しました。
いち早く復興し、商売再開のために店舗として活用されたのが、地震に耐えて残った蔵です。現在の紅屋商店店舗は、近くにあった店蔵を移築したものです。店舗2階に残る墨書から、大正13年3月に作業が完了したことがわかります。
震災後、長須賀一帯には、蔵を活用した店舗が数件あったといいますが、現存するのは紅屋商店店舗のみです。1・2階とも漆喰塗りの防火扉が設置され、震災復興期の店舗建築の特徴をあらわしています。
主屋は店舗側面(東側)に接続し、1階は8畳間の仏間、2階は床・棚・付書院の8畳の座敷と8畳の次の間からなります。
震災に耐え、倒壊をまぬがれた店蔵を活用した建造物として、大変貴重なものです。また、ほぼ同時に建てられた主屋は、店舗との繋がりをもち、当時の住まいの形態を今に伝えています。
※主屋の一般公開はしていませんので、ご了承ください。
<平成24年3月 館山市教育委員会>
 
べにやの土蔵風の建物の画像
 
べにや店外の商品の画像
 
登録商標の看板の画像
 
宗達と光琳の本の画像
 
この手打ち房州鎌は鴨川市の職人さんによる手作りの鎌だそうで、現在は製造されていないそうです。
 
手打房州鎌の画像
 

ベニヤ特製真鍮神佛具

 
棚の真ん中の金属板「具佛鍮真製特ヤニベ」は右から読むと「ベニヤ特製真鍮神佛具」となります。横書きの文字を左から読むようになったのは、昭和の初め頃のようで昭和元年~昭和20年頃までは左書きと右書きが混在し徐々に変わっていったようです。
 
ベニヤ特製真鍮神仏具の画像
 
壷と蓮の実の画像
 
包丁や鋏など刃物の種類が豊富です。
 
包丁と鋏の画像
 
鋏と工具
 
鋸と工具の画像
 
湯豆腐の道具やスプーン、ドリルなどの小物。
 
調理器具などの画像
 
鍋などの調理器具
 
鍋や金属製のボールの画像
 
鍋はプロ用の大型の物もあります。
 
調理器具コーナーの画像
 
【千葉県ホームページ】紅屋商店店舗ほか

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