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忍足佐内殉難の地【南房総市文化財】

忍足佐内殉難の地の石碑の画像

忍足佐内(おしだりさない)とは

 
忍足佐内(享保十四年(1729年)~ 明和八年(1772年))は、江戸時代中期の農民で、安房勝山藩領金尾谷村(南房総市富浦町福澤)の名主(なぬし)でした。明和の頃、干ばつや飢饉が続き農民が苦しんでいて、各地区の名主達は勝山の役所に年貢の減免を訴えました。
しかし、役人に賄賂を贈っていない金谷尾村と小原村は願いが聞き入れられませんでした。そこで、金谷尾村の忍足佐内は、3村の名主とともに勝山藩の江戸藩邸に直訴しました。この件により奉行・代官達は賄賂を求める悪政か露見することを恐れ、勝山陣屋の石牢に投獄し、四方引き回しの上、白塚川(現 福澤川)にて処刑してしまいました。享年44歳
 
忍足佐内殉難の地は、南房総市指定史跡(昭和49年4月25日)です。
 
忍足佐内の石碑は、福澤川の白塚橋の横にあります。
 
福澤川 白塚川の画像
 
忍足佐内殉難の地の案内板
 
忍足佐内殉難の地の全景
 
忍足佐内殉難の地の石碑

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