金台寺(こんだいじ)概要
館山市北条の「海養山龍勢院金台寺」は古い歴史をもつ浄土宗の寺院です。
【山号】海養山(かいようさん)
【院号】龍勢院(りゅうせいいん)
【寺号】金台寺(こんだいじ)
【宗派】浄土宗鎮西派 京都知恩院末
【本尊】阿弥陀如来
【御朱印】あり
【由緒・沿革】(参考文献:館山市史/北条村史)
寺伝によると文明八年(1476年)の創立で、永正二年(1505年)鎌倉光明寺の学頭昌誉順三によって開山。四世の豪誉上人は館山城主里見義康の伯父にあたり、天上十八年(1590年)より寺領60石と仏餉米(ぶっしょうまい:仏に供えるための米)50俵を毎年与えられていました。六世壇誉上人は徳川家康の室良雲院殿の実弟であり、徳川家の庇護を受け、知恩院の直末となり、聖観世音菩薩が寄進されました。
江戸時代は房州国の触頭(ふれがしら:幕府の寺社奉行から出された命令を末寺に伝達したり地域の寺を統括する寺院)として隆盛し、塔頭(たっちゅう:本寺の境内にある小寺)二宇(専明院と養修院)を擁し、末寺に鋸南町勝山の浄蓮寺、南房総市久枝の蓮台寺等七か寺、配下の寺に南房総市宮谷の量寿院、心光寺等五か寺ありました。
正徳年中(1711~1716年)境内にあった専明院と養修院の塔頭二字が廃絶されました。
大正二年(1913年)四月八日六軒町の浄円寺を合併。
大正五年(1916年)三月本堂を再建しましたが、大正十二年九月の関東大震災にて本堂等倒壊。
昭和二年(1927年)に建坪80坪の大殿を完成、翌三年庫裏を再建。
昭和四十五年(1970年)に本殿、客殿改修。
昭和五十六年(1981年)十一月法然上人生誕記念事業として、わらべ不動尊(長谷川昴作)を祀る。
境内案内
境内には槙の大木が数本植えられています。参道右側にわらべ不動尊を祀る堂宇が建っています。
参道左側
参道左側には、明暦元年(1655年)念仏講中寄進による舟型光背の地蔵菩薩、寛文二年(1662年)観音講中寄進の如意輪観音、京保十年(1725年)銘の水子地蔵、年代不詳の庚申塔三基と青面金剛像一基が安置されています。
わらべ不動尊
昭和56年に法然上人生誕記念事業として建てられた不動堂。堂内にはわらべ不動が安置されています。作者は鴨川市出身の長谷川昴(はせがわこう)、東京湾観音の原作者として知られ、国際グランプリを受賞した彫刻家です。
この社は神社だと思われますが、調べてもわかりませんでした。
本堂
山門と本堂は特徴的な形をしています。本堂は昭和四十五年(1970年)再建。堂内には丈六の阿弥陀如来の本尊、観音、勢至を脇侍とし、善道、円光両大師の像が安置されています。
詳細情報
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