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関の姥石【富津市の謎の大石】

関の姥石の入口

関の姥石(うばいし)

 
富津市関には「関の姥石」と呼ばれる謎の石があります。外周は2.4m、高さは1.2mで周囲は八角形、上部は凹みがあり明らかに人の手で加工されたものです。
 
案内板は千葉県道88号線沿いです。富津市街から88号線に入り案内板を左折して50mほど先に姥石があります。
※JR内房線「上総湊駅」から日東バス戸面原(とづらはら)ダム行きに乗り「姥石」下車
入り口の案内板
 
湊川の大和田橋の手前左側です。
湊川の鮎釣り大和田橋

 
手すりがあり下まで降りることができます。ただし、山ビルが多い地域なので半ズボンやスカートで行くときは注意してください。
姥石の外観
 
上にある小さな石に触ると祟りがあると言われています。
上にある小さな石
 
真ん中は少し凹んでいて石臼のようにも見えます。
姥石のくぼみ
 
裏側は凸凹がなく人の手で削られたものです。
姥石の裏側
 
姥石についてのは色々な言い伝えがあり、本当のことは分かっていません。
なお、関尻地区では毎年2月の第1日曜日に大人の背丈ほどある大きなわらじを3つ編んで、疫病から地域守るためにわらじをぶら下げるという風習が現在も続いているそうです。
 
詳しくは富津市役所関尻大わらじ(動画あり)をご覧ください。
 

富津市サイトより抜粋

 

関の姥石は、巨人の姥が頭に載せてきたもので、姥石の上に載っている小さな石は、姥がたもとに入れてと伝えられています。
また、志組と中倉には、この姥の足跡と伝えられている足の形をした水田があり、1里(約4km)もの歩幅があるそうです。
姥石には加工の痕がはっきりしていて、八角形に角が取ってあり、上部に凹形をした穴があります。この巨石について色々な説があり、まだはっきりとはわかっていません。関所の柱の台石、寺の塔礎、巨人への信仰などさまざまです。姥石の上の石に触れる人がいると地元に火事が起こるとも言われています。いずれにしても、巨石信仰・巨人伝説・民間信仰などを包蔵しながら地元では大切にされています。

 

柳田國男「日本の伝説」より抜粋

 

上総国の南の端に関という場所があり、ここに八角形で穴のある大きな石が二つありました。大昔この村には関所の門があって、この石は関所の門の土台であるということで、御場石と書くのがよいという者もありましたが、地元の人は「姥石」と呼んでいました。
 
ある日、道普請のために二つある石の一つを移動したところ、村内に悪いことばかりが続くので、南手の岡の上に置いて姥神として祀りました。(上総町村誌)

 
中心は凹んでいますが、柱を立てるには深さが足りません。石臼の様にも見えます。しかし石臼にしては無駄に石が大きいようにも思えます。
 

富津市史 通史編より抜粋

 

大昔、湊川の上流の関に大きな姥(ダイダラボッチの妻)が住んでいました。姥は猿たちに木の実を集めさせて、関の大臼で粉を挽いて団子を作って食べていました。姥は中沼の水を大量に飲むので、
中沼の主が怒り喧嘩になってしまいました。中沼の主と姥の喧嘩は長い間続き周囲の動物たちは気が気ではありません。そこで、動物たちは相談の結果、論争の元となっている中沼の水を抜くことにして、モグラが穴を空けて沼の水を流してしまいました。
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こうして関の集落は静かになりましたが、ある日婆が「暇なので話相手が欲しい」と独り言をつぶやきました。これを聞いたトンビが話相手を探そうと世話を焼こうとしましたが、独り言を聞かれた姥は怒ってしまい、石臼をたもとに入れ、話相手の大男を探しに旅に出ました。この時の一歩目が関、次が吉野、その次が人見・木更津だといいます。また、旅に出る際に石臼を落としてしまい、これが関の石臼だと言われています。
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