補陀洛山 那古寺(ふだらくさん なごじ)
補陀洛山那古寺は1300年の歴史を持つ真言宗智山派の名刹で、坂東三十三観音霊場の第三十三番(結願寺)、安房国札三十四観音の第一番札所に指定されています。
境内裏の那古山は遊歩道が整備され上に登ると鏡ヶ浦が一望できます。那古山一帯の自然林はスダジイ、タブノキ、ヤブニッケイの大木が茂る極相林となり館山市天然記念物に指定されています。
極相林とは、一定の植物が永い間に世代交代を繰り返し安定した状態になった林のことです。
【宗派】真言宗智山派(宝珠院末)
【山号】補陀洛山(ふだらくさん)
【御朱印】あり
【本尊】千手観世音菩薩
【祭礼】7月下旬の土曜・日曜那古地区の祭礼
※県内でも珍しいお寺の祭礼。山車5基、屋台1基の町内引き回しがあり、2日目は那古観音交差点から那古船形交差点までが歩行者天国となります。
【御朱印】あり
【創建・由緒】(参考文献:館山市史・千葉県安房郡誌)
『補陀洛山那古寺縁起』によると養老元年(717年)天皇が病にかかり、僧侶の行基に平癒を祈らせた。行基は霊夢を感じてこの地へ来て異木を海中から拾い上げ、自ら千手観世音菩薩を彫り祈願したところ天皇の病が平癒したといいます。この後山頂に伽藍を造営し長く勅願所としました。現在山頂にある「古屋敷」と呼ばれる建物はこの遺跡であると言われます。
那古寺は初め天台宗でしたが、正治年間(1199年~1200年)に真言密教の道場となりました。当時の境内は本堂、三重塔、鐘楼、地蔵堂、仁王門、阿弥陀堂、閻魔堂の七基から成り、源頼朝、足利尊氏、里見義実らの信仰が厚かったといいます。
元禄十六年(1703年)十一月の大地震により堂宇が全壊、幕府は観音堂を現在の地に移し宝暦九年(1759年)に完成し、その時、多宝堂、六角堂、大日堂も新造されました。しかし、明治維新の大改革で寺領は没収されかろうじて寺門のみ維持。大正十二年(1922年)の関東大震災により被害を被る。最初に観音堂が再建され、大正十三年に庫裏が再建、昭和四年に客殿が再建。昭和三十六年三月仁王門が再建。
本坊
仁王門
仁王像
阿弥陀堂
多宝塔 千葉県有形文化財(昭和40年4月27日)
元禄16年(1703年)の元禄地震で倒壊し宝暦11年(1761)年に再建されたことが心柱に記されています。
多宝塔の内部は普段は見ることができませんが、特別開張の時期には内部にある木造宝塔を拝観することができます。
2016年は10月30日(日)~11月6日(日)の午前8時30分から午後4時30分まで開張が行われます。
観音堂 千葉県有形文化財(平成6年2月22日)
千葉県を代表する江戸時代中期の寺院建築です。元禄16年(1703年)の元禄地震で倒壊、亨保17年(1732年)に再建したことが、平成の大改修で判明しました。
梵鐘は2016年11月現在改修中です。
那古寺の大蘇鉄 館山市指定天然記念物
本堂右側にある大蘇鉄(そてつ)は館山市内で一番大きく樹高は6メートルです。樹齢は不明、雌株で館山市の天然記念物に指定されています。
観音堂は高台にあり館山湾が一望できます。
那古寺の文化財
◎国指定重要文化財
千葉県ホームページ銅造千手観音立像(昭和59年6月6日)
◎千葉県指定有形文化財
千葉県ホームページ那古寺多宝塔(昭和40年4月27日)
千葉県ホームページ那古寺観音堂(平成6年2月22日)
千葉県ホームページ絹本著色僧形八幡神像(平成6年2月22日)
千葉県ホームページ木造阿弥陀如来坐像(昭59年2月24日)
千葉県ホームページ観世音経・孔雀王咒経(かんぜおんきょう・くじゃくおうじゅきょう)(平成21年3月17日)
千葉県ホームページ繍字法華経普門品(しゅうじほけきょうふもんひん)(昭44年1月10日)
◎館山市指定文化財
那古寺木造千手観音立像(昭和63年6月28日)
歌舞伎大絵馬(昭和38年12月17日)
◎館山市指定天然記念物
那古山自然林(昭和45年2月20日)
那古寺の大蘇鉄(昭和45年2月20日)
那古寺の年中行事
1月:初詣
2月:節分会
4月8日:花祭り
7月18日:例祭
8月9日:四万六千日
10月:大施餓鬼会
12月:除夜
那古寺の寺宝
八幡茶真影 行基菩薩筆
金胎両部大曼茶羅 弘法大師筆
金胎両部曼茶羅 不明
不動明王 明宅筆
愛染明王 弘法大師筆
弁財天 弘法大師筆
千手観世音 弘法大師筆
弘法大師 不明
春日本地沸 弘法大師筆
水天 弘法大師筆
観音経 弘法大師筆
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