
八幡神社(はちまんじんじゃ)
概要
館山市亀ヶ原の「八幡神社」は、誉田別命(ほんだわけのみこと)を祭神とする神社です。創建は室町時代と伝えられ、亀ヶ原地区の鎮守として崇拝されてきました。
近代社格制度(明治4年~昭和21年)では村社に列格されていました。当時何村に属していたのかを示す資料を見つけることはできませんでしたが、この地は江戸時代前期から明治22年3月までは「亀ヶ原村」、同年4月から明治26年まで那古村、正木村、小原村、亀ヶ原村が合併して「凪原村」となり、明治26年より那古町となったことから(館山市史)、「亀ヶ原村」または「凪原村」の村社であったと考えられます。
【旧社格】村社
【祭神】誉田別命(ほんだわけのみこと)
【祭礼】10月第2日曜日
亀ヶ原の祭礼
【御朱印】なし
【由緒・沿革】
創建は室町時代の文明年間(1469年~1487年)と伝わる。里見氏が稲村に在城していた永正年間(1504年〜1521年)の頃、鬼門除けの祈願所とされていました。
江戸時代前期の元和二年(1616年)、徳川幕府より社領約二石が認められました。
元和六年(1620年)に当社が再建されたことを示す以下の棟札が現存しています。
「房陽正木村北ノ郡亀ヶ原八幡宮再建遷宮元和六暦甲ノ三月十五日」
参考資料
・千葉県神社名鑑
・館山市史
・八幡神社境内案内板
境内案内
参道入口に鳥居、鳥居左側に「御大典記念碑」が建てられています。鳥居の先、参道左に古井戸と手水舎、その先右側の祭礼の屋台小屋があります。
参道突き当たりは一段高くなっていて、狛犬と常夜灯が設置され、奥に拝殿と本殿が鎮座します。
また、拝殿左に末社と思われる建物があり、その奥に石宮が2基祀られています。
鳥居
一番上の笠木の先端が反り上がり、笠木の下の貫が角型の明神鳥居です。文字は刻まれていますが、風化で読み取れず年代は確認できません。

御大典記念碑
御大典(ごたいてん)記念碑は、天皇の即位を記念して建てられる記念碑です。

古井戸
この井戸はもうポンプが壊れていて水は出ません。
ちなみに、隣の新見堂の井戸は昔から水量が豊富で「亀井戸の水」と呼ばれ、「亀ヶ原」という地名はこの井戸に由来するとされています。

手水舎と手水石
奉納の文字ははっきりと刻まれていますが、年代は読み取れません。

屋台小屋
祭礼で使う屋台を納めるための小屋です。

狛犬/常夜灯
狛犬は大正十四年十二月(1925年)當(当)区、小柴周治郎、小柴みね の文字が刻まれています。
常夜灯は江戸時代後期の文政十一戊子年(1828年)と刻まれています。
拝殿
かなり古い建物のようですが、整備が行き届いており、傷んだ箇所は見られません。

拝殿向拝の彫刻
向拝の彫刻は鳳凰と波です。館山市や南房総市の神社彫刻は後藤流の龍が多いのですが、この形式は珍しいものです。

本殿
拝殿の後ろが本殿です。

末社
拝殿左の建物は末社だと思われます。文字は見当たらず、書籍に合祀の記録も記載されていないので祭神は不明です。

石宮
末社裏の石宮です。比較的新しいものに見えますが、文字は刻まれていません。

西郷揚水機場
神社裏には平久里川が流れ、農業用水の取水口「西郷揚水機場」があります。かつては、ここ西郷と上流の蔵敷との間で、平久里川の水利の争いを繰り返していたようです(館山フィールドミュージアム)。

祭礼
亀ヶ原地区祭礼は毎年10月の第2日曜に執り行われます。







