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国分寺

国分寺の薬師堂

館山市国分 / 寺院


国分寺(コクブンジ)

 
山号:日色山
宗派:真言宗智山派
本尊:薬師如来
 
昭和51年~昭和53年の発掘調査の結果、寺の中心であった金堂の跡と考えられる基壇のみが確認され、軒丸瓦や三彩獣脚などが出土しました。上総や下総の国分寺のような伽藍配置をもつ複数の建物跡などは認められず、はじめから国分寺として建てられたかどうかは不明です。
安房国分寺跡:千葉県指定文化財/館山市指定文化財
千葉県ホームページ安房国分寺跡
 
国分寺は安房国四十八ヶ所 薬師如来の東口第一番/第四番札所となっていて寅年の大開帳の年には赤い幟が立てられ、多くの巡礼者が訪れます。
 
安房国四十八ヶ所薬師如来の幟
国分寺山門の画像
 
 冒頭の写真が薬師堂(江戸後期建立)、下の写真が釈迦堂(昭和54年)です。
 
国分寺釈迦堂の画像
 
 手水石は弘化4年(1847年)に奉納されました。
 
国分寺手水舎の画像
 
 山門の手前には「水準点」があります。「水準点」とは標高の基準となる地点のことで、ここは標高19.4148mとされています。
 
国分寺の水準点の画像
 
 五輪塔は仏教で宇宙の構成要素を表す地・水・火・風を表す形の石を積み上げたもので、鎌倉時代以降、墓石や供養塔などとして
作られ全国的に分布しています。この五輪塔は南北朝(十四世紀)の作と推定され、完全な形を残す物としては市内最古とされています。
 
国分寺の五輪塔の画像
 
 宝篋印塔(ほうきょういんとう)江戸時代(推定17世紀以降)
 
国分寺の宝篋印塔
 

三義民の墓 館山市指定文化財

 
 元禄16年(1703年)に発生した元禄大地震により河川や用水路など甚大な被害を受けました。
財政難に苦しむ北条藩は川井藤左衛門を財政立て直しに起用し、年貢を倍増したうえ、農民を無償で働かせました。
そのため農民たちの怒りが爆発し一揆が起き(万石騒動日録)江戸老中へ直訴しました。
結局、農民たちは勝訴したのですが、この時の騒動で湊村角左衛門、国分村長次郎、薗村五左衛門の3人は処刑されてしまいました。
 
国分寺三義民の墓
 
住所:千葉県館山市国分959
駐車場:あり
 
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