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庤(もうけ)神社【珍しい名前の神社】

庤神社の境内

庤神社(もうけじんじゃ)

 
鴨川市西町の庤神社は「千葉県神社名鑑」によると祭神は大日孁女貴おおひねめのむち天日和志命あめのひわしのみことを祀る神社です。この神社の事を始めて知った時は、痔神社と勘違いしていました。庤という漢字は旺文社の漢和辞典に載っていないのでネットで調べてみると、音読みがチ、ジ、訓読みは「たくわえる」や「かんだち」とあり「もうけ」の読み方はありません。また、痔神社と言う神社もここと天津神明宮のみなので、「もうけ」という読み方は鴨川市独特のものだと思われます。「房総の伊勢信仰」の庤神社のナゾの部分に筆者の考えによると~「モウケ」は地域の振興によって人々が「もうけた」と喜んだことを起源としているのではないかと書かれていていますが、どうして「庤」の字をあてたのかは判明していません。
 

庤神社概要

 
【社格】旧村社
【祭神】
・大日孁女貴(おおひねめのむち)天照大神の別名
・天日和志命(あめのひわしのみこと)忌部氏の祖神
【祭礼】東条地区祭礼 10月中旬
・西町 滝口庤神社
・和泉 男金神社
・東町 八幡神社
・八坂 八坂神社
【由緒・沿革】参考文献:房総の伊勢信仰、東条のあゆみ、鴨川市史(通史編)
「千葉県神社名鑑」によると創立年代は不詳なれど往古の創建。治承四年(1180年)に源頼朝が安房に逃れ当社に平家追討の祈願を行い、後に祈願成就としてこの地を伊勢神宮に寄進し、御厨みくりや(神領)(みくりや)としたと伝わります。また、一説には頼朝がこの地を田原村太尾に鎮座する滝口神社のために御厨みくりや(神領)として寄進し、東条郷の地に社を建てて滝口庤神社と号したのが当社であるといいます。
 
鴨川市天津の天津神明宮が、源頼朝によって建てられる前にも庤明神の祠があったとされています。祠の起源は不明で神代の昔よりあったとされ、祠には現在も八重事代主人が祀られています。八重事代主人が事勝長狭命を誘い、この地に長い間滞在した際、地域が大変潤ったため地域の人々は喜び感謝して「思いもよらぬもうけかな」として庤明神として祀ったのが始まりとされています。
 
安房誌によると、庤明神の祠は東條の西村(西町の滝口庤神社)にもあり、「東監に謂(い)う庤社は東條の西村なるか天津なるか詳かならず」と記されてあり、その正当性をめぐって論争が巻き起こっていたこともあるようですが、現在は議論も落ち着き和合の道をたどっているそうです。
 

境内案内

 
神社入口には供進社指定村社庤神社の石碑があり、鳥居の先に常夜灯、狛犬、手水舎、拝殿、本殿が並びます。
「供進社」とは、明治から終戦にかけて、祭礼の際、県知事から神饌幣帛料を共進されることが認められている神社です。
 
鳥居は昭和五十四年(1979年)十月吉日建立。形状は靖国鳥居。
庤神社の全景
 

東条御厨跡

 
鳥居の手前にある「東条御厨(とうじょうのみくりや)」の説明が立っています。御厨は神饌を収める場所のこと。「吾妻鏡」に寿永3年(1184年)5月3日東条御厨であると推定されています。源頼朝が伊勢神宮に寄進して御厨の地としたと伝わります。(房総の伊勢信仰)
東条御厨の案内
 
拝殿全景
 

常夜灯

 
かなりの月日を経ていて年代は読み取れません。
常夜灯(左)常夜灯(右)

 

狛犬

 
狛犬は2対あります。手前の狛犬は新しく、平成五年建立。
新しい狛犬(左)新しい狛犬(右)

 

手水石

 
手水舎の屋根は重厚な造り。手水石は年代不明。
手水舎と手水石
 

古い狛犬

 
年代は彫ってありますが正確には読み取れません。江戸時代の寛政年間の建立。
古い狛犬(左)古い狛犬(右)

 

拝殿

 
作成年代は不明
拝殿
 
拝殿向拝には龍の彫刻がありますが、彫工師は彫ってありません。
拝殿向拝の彫刻
 
拝殿には「瀧口庤明神」の神額があります。
瀧口庤明神の額
 
右が拝殿、左が本殿。
拝殿と本殿(左から撮影)
 
拝殿と本殿(右から撮影)
 

マルバチシャ

 
神社入口にはあまり見かけない青い実が成っている木があります。家に帰って色々と調べてみましたがどうしても分かりません。もう分からないと思ったいましたが、天津神明宮に千葉県天然記念物に指定されているマルバチシャという木があったのを思い出し調べてみると一致しました。この木は比較的個体数が少なく房総半島の鴨川市周辺が北限とされています。10月頃実は黄色くなり食べられるそうです。若葉はレタス(チシャ)に味が似ていると言われていますが食べたことはありません。
マルバチシャの実と葉

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