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神余の弘法井戸【千葉県有形民族文化財】

弘法井戸と石積橋の画像

神余の弘法井戸

 
<案内板より>
千葉県有形民族文化財「神余の弘法井戸」(千葉県指定:昭和30年(1955年)12月15日)
館山市神余字畑中の巴川に、やや黄色味をおびた塩水がわき出しているところがあります。実際には川の中から天然ガスがふき出しているのですが、地元ではこれを「塩井戸」または「弘法井戸」と読んでいます。
 
真言宗の開祖空海(弘法大師:宝亀5年(774年)~承和2年(835年)にかかわる弘法井戸の伝説は、全国各地に広く分布していますが、神余には次のような伝説があります。
大同4年(809年)11月24日、金丸巨麻太宗光(かなまりまたむねみつ)の家臣杉浦吉之丞(きちのじょう)の妻が、夫の死後その霊を弔いながら貧しい生活をしていたところ、旅の僧が訪れました。女性は小豆粥をもてなしましたが、その粥に塩気がないのを不思議に感じて僧が訪ねると、貧しくて塩が買えないと答えました。すると僧は川に戻り手に持った錫杖(しゃくじょう)を地面に突き刺し祈祷をしました。そして錫杖を引き抜くと、塩辛い水がふき出たといいます。以来、その僧が弘法大師であることがわかったそうです。神余に残るこの言い伝えは、千葉県内に残る典型的な弘法伝説だとされています。弘法井戸の伝説は、弘法大師の偉大さを語る人々によって広められ、これに水の信仰や、外部から訪れる人を迎え入れ、食事を出し、宿泊させる異人接待などの考えが加わり、うまれたものと考えられています。
 
また全国各地に、その土地の人々の真心に弘法大師が報いたという形式の物語が広がっているのは、かつてそれを説いてまわった修験者など、密教の宗教者の存在があったとみられています。
 
【見学のポイント】
神余の弘法井戸はあくまで伝説です。この付近一帯には天然ガスが埋蔵されており、この井戸水は飲用になりません。
 
弘法井戸上流にかかる塩井戸橋は、明治44年(1911年)に完成した石積みのアーチ橋です。あわせてご見学ください。
 
弘法井戸へ行くには、この細い道を歩いて行きます。
 
弘法井戸への細い道の画像
 
井戸の水は白く濁っていて底は見えません。飲用にならないと書いてありますが、舐めてみると確かに塩気を感じます。
 
弘法井戸と巴川の画像
 
弘法井戸のアップ画像

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